御史台長官室


暫く進んだところで一度藪の中から回廊を行き交う官吏達に目を向けてみる。

書翰を手にザワザワと世間話をしながら各部署へ出向く彼らに特別変わった様子はないようだ。

その光景すら懐かしく、顔を綻ばせたところで、数人の衛士を引き連れた皇毅が城門から出てくる姿が玉蓮の目に飛び込んできた。

(あ………!)

陽に当てられると輝くような髪質に対比する深色の官服。間違いない。

奇跡のような偶然。

略式を象る官服の裾を捌いて颯爽と歩く姿は邸で見ているよりも更に凛々しく感じた。

(皇毅様、………こちらを向いてくださらないかしら)

見つかっても大変なのだが、一目会いたくてこんな所まで侵入してきてしまった玉蓮へ、八仙からの小さな御加護。嬉しかった。

今夜も帰って来てはくれないかもしれない。
けれど寂しい気持ちは幾分おさまった気がする。

ほんのりと頬を染め、それでは居眠り侍女が騒ぎ出す前に戻りましょうと踵を返そうとしたその時。
自分の背に矛先が突き付けられ背筋が強張った。

「ここで何をしている」

先程とは異なる尖った威嚇の声色。

「あ、あの警邏の方ですか?私、後宮女官なのですが……道に迷いまして」

「嘘を吐け、佩玉を出してみろ」

「あの………」

今度の武官は用心深く気骨があるかもしれない。
玉蓮は後宮女官直伝の笑顔を披露してみた。

「本当です。後宮へ連れて行ってくださいませんか?」

ニッコリ

「さっさと佩玉を出せ!」

………不味い。

いざとなれば後宮女官で通ると思ったのに何故こうも怪しまれるのだろう。
八仙様の御加護は何処に。

「後宮から、つい出来心で見学に入ってしまいました………お見逃しください」

「……………」

警邏の武官は無言で縄を打つ。
あれよという間に玉蓮は縛り上げられた。

…………本当に不味い。

「私、お弁当を届けに来たんです……本当です」

「毒入り弁当でも運んだか」

「違います!」

ズルズルと引き摺られ獄舎へ連行されだすと玉蓮はとんでもない事態になってしまったと唇を震わせた。

皇毅の名前を出せば、来てくれるだろうか。
しかし御史台長官にとんだ恥をかかせてしまう。

見限られてしまうかもしれない。

(どうしよう………どうしたらいいの)

途方に暮れている間にも力強く引かれ獄舎へとまっしぐらだった。





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