妻の寝返り夫の想い


翌日、玉蓮がどんな珍案を披露するのか気になっていた皇毅は臥室を眺めて暫し呆然と立ち尽くしていた。

寝台の下にもう一枚布団が敷かれている。

「今日から私は下のお布団で休ませて頂きますね」

「何、?」

同室なのに同衾していない珍夫婦になれと。しかも片方床の上。

これは家人達が見たら大騒ぎになる。いや、実は既に廐の馬にまで噂が届いているのかもしれない。

「お前、私を鬼亭主に仕立て上げたいのか」

「皇毅様が下で寝たら私が鬼嫁になってしまいますので……」

ぺこり、ぺこりと愁傷めいて頭を下げると玉蓮は煎餅布団をぱたぱた伸ばしてそのまま潜り込んでしまった。

「お前な……」

皇毅は苛々しながら煎餅布団を見下ろしていたが、ふと視界に映るものから焦点が外れた。

ある過日を、思い出した


−−−−左遷されっぱなしの旺季に拾われ、各地を点々と巡り冷たい床に藁を敷いて眠った日々

冷たい床は背中の疵にじんじん響いて中々寝付けなかった。

「………今でも痛むのだろうか」

「え、?」

ぽろりと奇妙な独り言を洩らして皇毅が一緒になって煎餅布団に潜り込んでくる。

「何をなさっているのですか、二人で下に転がっていては意味がありません!」

「……紫門に名を連ねる名門で、栄華を極めた我が一族は矜恃が高くこんな煎餅布団に転がったのは私くらいかもしれない」

「……………」

玉蓮は一字一句聞き漏らさぬよう息を詰めた。皇毅が昔の話をしている。

独り言のように吐かれる言葉、焦点の合わない双眸は凄惨な情景を捉えていた。

「私は葵家当主の、……父の決定を受け入れられなかった。一族の矜恃を背に受けても、それでも逃げた」

皇毅の耳に小さな子供達の断末魔が響いていた。


『−−−恥を知れ!』


背中にも、実の父親に斬られたその疵。その血。


「血は争えない。私もいつか下らない矜恃に憑かれて自分の子を斬り殺す日が来るのかもしれない……だから、もう女を愛する事も、子も必要ないと思っていた……」

「皇毅様……!」

しかし、命を守り司る医女の手を掴んで生き抜いてやると深層が沸き立ったのも事実。

いつか全てが消え去っても、独りこのままかもしれない。


死にたがりの悠舜

繋ぎ止められる事を嫌う晏樹

そして刻が蝕んでゆく、
我が君




「私がお守り致します!」



雷のような声が降ってきた。

皇毅が見上げると玉蓮がカンカンに怒っていた。

「私は、皇毅様をお守りする為にお傍におります!その為に食医を頂きました」

声を上擦らせ床の冷気が伝わる冷たい背にすがり付く。

皇毅が背負っているものは慟哭から生まれた自分への畏怖。ぐちゃぐちゃになった記憶。

父親と同じく、我が子を手にかけるのではないかと疑う辛辣な想い。

「皇毅様は……やっぱりお優しい方……貴方の臥薪嘗胆、私がずっとお供させて頂きますから」

「随分と…………辛気臭い人生だな」

「だからもし、お子を授かったら私と一緒に守ってやってくださいね。可愛がってやってくださいね、ね?」

「そうだな……」

一生懸命懇願している玉蓮の姿に瞑目する。


独り取り残されても、
この妻が傍にいれば生きていけるのかもしれない

今はただ、そんな気がした


「皇毅様、今夜は一緒に床に寝て臥薪嘗胆の想いを深めましょう」

「寝相はどうした」

「…………!」

どうしても一言多い。

玉蓮の口がへの字に曲がらないうちに皇毅は誤魔化しながら愛しい半身を抱きしめた。



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