紅い刻印
「医女殿は熱心に何を読んでいた?」
額を長い指で撫で上げられ問い掛けられると、薄い瞳を泳がせ取り繕う。
「…………にっ、に……日誌…を見ておりました。凰晄様を見習って私も、日誌を……」
目を合わせられず嘯くが、皇毅に嘘を吐いてしまった事が情けなく、胸中にはズキンと鈍い痛みが走る。
「あの………本当は教本…です」
耐え兼ね意を決した玉蓮は言葉を濁しつつ意味深な告白をするが、別に驚かれなかった。
「教本で何を調べていた」
「教本で、その、……皇毅様がしてくださる紅い印を私も……」
つけてみたいと思いまして、と消え入りそうな声で伝えると面白そうにクックッと笑われた。
「本能と言うものがないのかお前は……単に肌を吸えばいいだけだと思うが」
語尾の柔らかさから怒っているのではないようだと少し安心して、玉蓮は腕の中へ甘えるように身を寄せる。
「やってみても構いませんか?」
上目遣いで問い掛けてみると皇毅から返事はないが、優しく髪を梳く仕草に「よい」と言われている気がした。
瞳を閉じて、ゆっくりと皇毅の太い首筋に唇を寄せてみる−−−と、
何故か押し返された。
「此処はならん。官服から見える位置は駄目だ」
「……え、?でも皇毅様はいつも此方につけてくださいます」
トン、と皇毅の首筋に人指し指を置く。
「……お前の頸は邸の者の目にしか触れないだろう」
皇毅の意外な言葉にそれが理由なのですかと瞳を見開いた。
「そんな……!私だって市場へ出るときもありますのに!」
「……………」
なんだか甘い内容だったはずが、話が妙な方向にズレてきている。
皇毅がどう返せば修正出来るかを思案していると、勝手に唇が寄ってきてチュッ、と音を立て首筋に吸い付いた。
「……、よせ」
「なんで……どうして私がしてはいけないのですか」
愈々震える涙声で意地になりだしている玉蓮に皇毅はそうか、と気がついた。
彼女の瞋恚の琴線は「男女の隔て」にあるのだ
それを弾いたのやもしれない。
「……分かった…私に虫除けは必要ないのだが、いいだろう。好きにしろ」
結局のところ、妻が可愛くて仕方がない。
「印は虫除け……なのですか?」
湖面のように潤んだ瞳が瞬かれると、雫が長い睫毛に弾かれる。
「そうだ、私はお前に悪い虫が寄らないか日々心配でならないから印をつける」
普段の癖で淡々とした棒読み口調だが、玉蓮は納得したようにコクコクと頷く。
「私も同じように心配です」
三従七去など、知らん振り
しかしそんなもの守らせる気などない皇毅はフッと息を吐いて細腰に腕を回し自ら頸を寄せてやる。
失礼しますね、と小さく囁き玉蓮が首筋を柔らかい唇で吸ってくる。
チリ、と花びらのような印が刻まれると玉蓮は満足そうに微笑んだ。
この程度では朝まで残らないだろうが、それでも皇毅が気持ちをくんでくれた事を嬉しく思う。
なんだか、よく眠れそうな気がしてきた。
「ありがとうございます……おやすみなさいませ皇毅様」
「何がおやすみなさいませだ……、今度は私の番だ」
「え、?」
−−−要は構って欲しかったのだろう?
耳許で囁かれ返事をする間もなく、逞しい腕に抱き寄せられる。
「いえ、あの……、」
「構って欲しいんだろうが」
「いえ、もう満足です…………んんっ……!」
何を勝手な、
此方は全然満足ではない
愛してやると強引に唇を奪われ、今度は皇毅が満足するまで紅い印が刻まれる長夜へと堕ちてゆくのだった
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