温もり


玉蓮の初日からの失態に、彼女の退官命令が通達されるかと心配したが特に連絡はないまま日が暮れた事に秀麗は安堵した。

(まぁ、その代わり私の評定がダダ下がりしただろうけど、それ位で済んだならいいわね)

そう思い最後に報告用の日誌をまとめて立ち上がった。

御史台では仕事の持ち帰りは原則禁止とされている為荷物の包みにくるまっているのは秀麗力作の弁当くらいだった。

弁当といえば最近特に餃子の具より生地を弁当仲間でもある蘇芳に褒められる。

秀麗が毎朝、清雅に言われた嫌味三昧を思い出しながら生地を打つので良い出来になるわけだが……。

秀麗は日の落ちた暗い宮城の入口に玉蓮が待っているのを見つけた。

「ごめんなさい! 玉蓮さん!お待たせしちゃったかしら」

急いで駆け寄ると玉蓮は嬉しそうに微笑んで一礼する。

「とんでもない。秀麗様、お勤めお疲れ様でした」

花の咲いたような柔らかい笑顔には癒されてしまう。

「でも、秀麗様。本当にご邸宅にお邪魔させていただいてよろしいのでしょうか。その、私などが……」

「ご邸宅ね……広いだけでボロ屋ですよ。無理かもしれないけど、びっくりしないで下さいね。今日はせっかくまた会えたんですもん。家で夕飯ご一緒したかったのは私だし!」

「紅家のお邸に上がらせていただけるなんて、誉れです秀麗様。ありがとうございます」

確かに玉蓮のような医官は人に触れる役職の為、身分の低い家の出身者が多い。
一昔前になると奴婢の仕事とされていたくらいで、紅家の家格を持つ秀麗とは身分違いも甚だしいのは確かだった。

もちろん秀麗はそんな事はお構いなしで、それより今日の玉蓮の上司に対する爆弾発言の投下とそれでも「ぎゃふん」と言わなかった皇毅の鉄の根性について話をしたかった。

玉蓮の方は、あれから一度御史台を退出して、自分の本来の職場である医局に戻り職務に従事した。
薬湯の準備、担当女官への問診、必要とあれば鍼も打つ。
加えて、我が儘な女官達は身分の低い医女官にあれこれ雑用や本来の仕事と逸れた事を言いつけて来る。


知識と技術というより忍耐力のいる事も多いが、辛いと思う事はあまりなかった。
それに秀麗の様に身分に差をつけず接してくれる者もいることが嬉しかった。

「秀麗様、今日は私も夕餉をお手伝いさせて頂いてよろしいでしょうか?材料も少しですが持って参りました」

「えー!玉蓮さんの手料理が食べられるなんて嬉しいです!」

「秀麗様のお手には到底及ばないと思いますが、一生懸命作らせて頂きますね」

「私ね、誰かに作ってもらったものを食べる機会があまりなくて、だから嬉しいです」

秀麗の顔がほんの少しだけ曇った気がした。

玉蓮は秀麗の生い立ちや、家庭環境は知るはずもなかったが、もちろん詮索する気持ちもなかった。
ただ秀麗の心根の優しさや情の厚さは、周りにいる人間もそうだからなのだと思う。
主上である劉輝からもきっと今でも愛されているのだろう。

誰かに愛される

素敵な事だと思った。




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