奥底の箍


「あ、あのっ」

酒瓶が手から滑り落ちガタンと床に転がる。

あっ、と落としてしまった酒瓶を目で追うが身体をしっかりと皇毅に抱き寄せられ拾う事が出来ない。

離して下さい、と言う為に酒瓶から皇毅に視線を戻し見上げた瞬間、

−−−チュッ

水音が耳に響いた。

覆い被さる体勢で口づけを強いられ何が起こったのかと一瞬息が止まる。

皇毅はそのまま玉蓮の首筋を大きな手で撫でながら更に深く唇を重ねて来た。

「んっ……いや、ん!」

必死に訴えるが皇毅の目には玉蓮が情けない程隙だらけに映る。
腕の中で必死に肩を押し返そうとしているのに、腰帯は外れかけ涙目で洩らす声は可愛がられて上げる嬌声の様だった。

(誘っているとしか思えない)

目の前で本気で驚き怯えているのに、都合のいい解釈ばかりを塗り重ね逃げ場の無い小さな舌と唇を絡めとって思う存分に可愛がる。

静かな室には愛撫の水音と玉蓮の息遣いが淡々と響き、その声は皇毅を更に昂らせていく。

離し難い

もっと慎重に進めるはずだったのに−−−


抱き寄せてしまった時、皇毅の奥底に沈んでいた感情が沸き上がる様に全身を支配し箍が外れてしまった。

愛撫に満足してやっと唇を解放すると、涙目で苦しそうに呼吸を繰り返す玉蓮の顔をゆっくりと自分の肩に寄せ、柔らかい髪を手で梳いてやる。

そして次に皇毅の視線は先程まで気にも留めていなかった奥の寝台に向いていた。

はぁ、はぁと浅い呼吸を繰り返す玉蓮をどうやって寝台へと連れ込むか考えを廻らせる。

最初の目論みでは、いきなり抱きしめて「宴席でこんな目には遇わなかったのか?」と軽く揶揄ってやるつもりだった。

しかし今となってはそんな事はもうすっかり頭から消え失せていた。
逃げられはしないぞと主張するように右腕で腰を強く引き寄せ、反面左手では優しく頬を撫でる。

皇毅への信頼が音を立てて崩れていくようだった。

玉蓮は愛されているなどと都合の良い解釈は出来なかった。

此処は妓楼で酒に酔った皇毅とそして都合よく其処にいる自分、それが真実なのだと思った。

食医として引き取ってやる−−−


あの言葉にきっと偽りなどない。
なのにこんな所で間違いを犯しては、もう邸に連れて行って貰えないかもしれない。
本当に妓女と只の客になってしまうかもしれない。

皇毅の医女としてずっと傍に居たいと思う気持ちは変わらない。
だからこそ、今ここで拒絶しなければ何もかもが崩れてしまう。

しかし反面、皇毅の腕の中がとても心地よく感じてしまう情けない自分がいた。

浅ましい感情だと切り捨てたいのに、噛みついてでも正して離れなければ駄目だと分かっているのに皇毅の腕の中から出られない。

途方に暮れる玉蓮の目に映るのは室の格子窓から見える大分と高く昇っている美しい月夜だった。




[ 28/76 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
<br />



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -