闇夜の龍笛


「大夫様、私帰りませんと」

思い出したように告げると、真夜中だぞと返される。
それでもイソイソと帰り仕度をしだす玉蓮に少し呆れた様子で皇毅が溜め息を吐いた。

「あと少し待てば夜が明ける。それまで医局の当直室にでも控えていろ、明けたらそのまま出仕すればいい」

「いえ私、明日は公休日ですので」

ニッコリと笑う玉蓮に「女の夜道の話をしてるんだ」と本音が出そうになったが、喉まで出掛かって言葉を留めた。

そんな皇毅の腹の底など存じませんと言うように玉蓮は少し眉を下げて辺りを見回す。

(琵琶は何処かしら)

母親の形見である大切な品なので滅多に外に出さなかったのに、持って来たその日に無くすなんて全く情けなさ過ぎた。

「琵琶か」

「えっ」

玉蓮が言い当てられた事にびっくりして固まっていると、皇毅は隣の執務室から探していた琵琶を持って来てくれた。

「調弦が甘いな」

そう琵琶を眺めながら言うと、玉蓮は驚いたようだ。

「大夫様は琵琶を嗜まれるのですか?」

目を輝かせ御指南下さいと言いたげな眼差しに皇毅は目を細める。

「琵琶はあまり弾かないが、素で弾いてもお前よりは上手い気もするな。ヘタクソなのは調弦のせいなのか?」

言われると玉蓮はしゅんと肩を落とした。琵琶を教えてくれる筈だった玉蓮の母親は流行り病で幼い頃に他界してしまった。
それからは生きていく為に医術を学び続け姫らしい事はまるで縁が無いまま育ってしまった。
だから正直、皇毅にお前の琵琶はヘタクソだと言われると恥ずかしいし悲しかった。

「申し訳ございません……稚拙なものをお聴かせしてしまって」

貴族に遣えるばかりで、自分もその端くれだという事実を考えないようにしていたのに。
貴族の真似事の様に琵琶を奏で上流貴族であろう皇毅に見苦しいと言われてしまったような気がした。

泣かない様に俯いて皇毅に礼をとり長官室を出て行こうとするが、後ろから待て、と声を掛けられた。

「合奏してやるからもう一回弾いてみろ」

玉蓮はその言葉を聞いて琵琶を抱きしめたままくるりと振り返った。

皇毅は鉄壁の無表情で他意はないからな、と言葉ではなく態度で示している。

玉蓮は琵琶と皇毅を交互に見て「お願いします!」と頭を下げた。
先程の悲しい気持ちが嘘の様に晴れてゆくのが不思議だった。

二人は長官室を出て真夜中の回廊へと静かに抜けて行く。
冬も近い暗い回廊は冷えたが玉蓮はそんな事は気にならない位に夢見心地だった。

皇毅は思いの外ゆっくりと歩く人で後ろに控えて付いて行こうとしているのに玉蓮は何度も皇毅の横に並びそうになり、その度に顔が赤くなってしまう。



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