修羅場の夜


コウガ楼の紅い光が遠ざかる。
貴陽の不夜城を軒の半蔀から眺めていると冷たい風が吹き込んできた。
急いで上部の金具を引いて蔀を閉じると軒の中は真っ暗になった。

対面に座ず皇毅は腕を組んで微動だにしない。
私服姿だが濃紺の衣は闇にとけ込み背景と同化していた。
とても話しかける雰囲気ではなかった。

ガタガタ、と揺れる車輪の音だけが響いている中で玉蓮はふと自分の掌を開いて握っていたものを眺める。
コウガ楼を出る際に見送りに出ていた者から握らされたものだった。

皇毅の目に入らないよう、背後に回り渡された。
何だったのだろう。

手の中で木目のような感触はあったが、見ると四角い木製の札だった。
札には何か書いているようだが、暗くてよく見えない。
字ならば読めるので帰ってからよく見てみようと思い袂へ仕舞おうとした。

「それは何だ」

対面から低い声がした。

腕組みして目も閉じているのかと思っていたが、どうやら玉蓮を見ていたようだ。
見守っていたというよりも観察していたような言い様に玉蓮は構わず札を袂へ仕舞い込んだ。

「今袂に隠したものは私が仕事に使う通行札だ。とっとと返せ」

「え、」

皇毅が仕事に使う通行許可の札ならば大切なものだ。
玉蓮も後宮へ入る通行札を渡されていたが、紛失すれば重い罰になると知らされていた。

急いで返さねばと袂に手を入れたところで、ふと停止する。
本当に通行札ならば何故皇毅ではなく自分に手渡して来たのだろうか。
常連には高官が多く弁えているコウガ楼の者がそのような間違いを犯す事に違和感を覚えた。

この札はやはり皇毅ではなく自分に渡して来たような気がする。

しかし目の前の皇毅はいつもの恐ろしい形相で渡せと手を差し出している。

(どうしよう……札を確認しないまま渡していいのかしら)

せめて札に書いてある文字を読みとってからにしたい。
棄てられるまでは皇毅に全幅の信頼を寄せていたが、今はもうそんな気持ちにはなれなかった。

「皇毅様の大切な私物を何故私に預けたのでしょうか」

「お前が葵家の遣いだと思ったからだろう。早く返せ」


葵家の、遣い……?


せめて皇毅の愛妾くらいには見えていたという発想はないのだろうか。
玉蓮の固まる表情で言いたい事を察したように付け足された。

「そんな前掛け付けた作業着では侍女にしか見えんだろうが」

「葵家お抱えの楽士くらいに勘違いして頂きたかったです。琵琶も持っていたのに…」

「琵琶……お前、さぞや歌も下手なのだろう」

そこまで口にして皇毅は双眸をきつくした。
あやうく乗せられるところだ。





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