誠実には程遠い


「凰晄様は葵家の行く末を案じておられます。私が妻では不甲斐ないので諦めなさいと諭されました」

嘘は言っていない。
凰晄は情けをかけてくれたけれど、本当はそう感じているはずだ。
時を戻せるならば三の姫の為に追い出しておくべきだったと考えているのかもしれない。

身を起こして火鉢の支柱を持ち上げ炭を足す。
白くなった炭は上質のようで嫌な臭いがしない。ぼんやりと紅く染まる炭を眺めた。

「皇毅様のお気持ちに従順で、それでいてお気持ちを悟り過ぎたりもせず、そしてなにより身分がる家の嫡子。そんな女性が来てくださればなによりですが、私はなにひとつとして持ち合わせておりません」

「分かってるなら何故戻ってきた」

グサリ、と胸に刺さる言葉が返ってきた。
自らを卑下して同情を買おうとしていたと思われただろうか。玉蓮の頬は恥ずかしさで紅色に染まる。

「私はまだ夢を見ているのかもしれません。私を助けだしてくださった大官様が不幸な私の境遇を持ち前の権力でねじ伏せてくだり、その後私は末永く幸せに暮らしましたと……そんな夢を見ております」

「凰晄の言うように阿呆だな。そんなあざとい夢を見てといて、実は悪党の根城でした残念とか思っているだろう」

冗談めかしている言葉だがお互い冗談ぶって本音をぶつけ合っていた。
しかしそんな最悪なやりとりの中で、皇毅の声を聞いていると不思議と気持ちが落ち着いてくる。
周囲では恐ろしいと評判らしい氷河色の双眸も見ていると鼓動が休まるのだ。

この気持ちだけは大切に自分の胸にしまっておこうと思う。
炭を確認し終えると畳んであった寝台を掛け布を広げ傍に置いてある香炉に匙で掬った香を焚した。

「はい、では寝てくださいませ。皇毅様がお休み下さらないと家僕の私も寝られませんのでお願い致します」

とびきりの上から口調で言ってみると皇毅は思いの外温和しく布団に入ってくれた。
なんとそのまま呆気なく眸を閉じてしまった。
あまりにも唐突な終わり方に半ば呆れた玉蓮もその場に座る。
皇毅が寝入るまでそのまま待つことにした。
冗談めいた問いかけに答えていなかった事を思い出した。

『悪党の根城だと思っているだろう』

そんな事は思っていない。
いなくなった自分を探してはくれなかったが、事情があったからだと分かっている。
離れた方がいいと判断したからだと。
彼なりの優しさだと分かっているが、それでも誠実とはほど遠かった。

あの時も、今も旺季を護るため何かを隠している。

事情を話してくれさえすればもしかしたら受け入れられたかもしれないのに、この邸から出ずに妙な探りをいれなければ護ってやると言われた。

望む言葉には程遠かった。

自分で見つけるしかない。狐の面の男の力を借りず自分で探ろうと戻ってきたのだから旺邸への随行は玉蓮にとっても一つの好機だった。


−−−−−−もう一度、あの日記が読めるかもしれない


すべてが狂ってしまった飛燕姫の日記。
旺季が村を焼くと書いてあったあの記述、その続きが読みたい。飛燕姫は自分を助けてくれるだろうか。
それともやはり皇毅の味方をするのだろうか。

(皇毅様と飛燕姫様……お二人でどんなお話をされていたのかしら…きっと、……)

きっと……

待っていたはずの玉蓮は床にうずくまったまま先に寝入ってしまった。
その様子を寝台の中から確認した皇毅は起き上がり、床の玉蓮を抱え上げ寝台の中へと戻る。先ほど紅く染まった頬を指でひと撫ですると再び眸を閉じた。




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