鄭尚書令


余憤収まらず頭から湯気でも出そうな秀麗がようやく退室すると、皇毅は顔を顰め僅かに残っていた薬草饅頭を痰壺へ吐き出した。

何でこんな目に遭わなければならないのか。
兎に角……。

「食えたものじゃない」

先ほど心中で叫んだ言葉も痰壺めがけて吐き出した。
これは嫌がらせ以外のなにものでもないが、万一本気で出しているのならばそれはそれで震撼する代物だった。

仕返しとしか思えない所行に皇毅は椅子に凭れ掛かり目を閉じる。
何度も、何度も、一人考えさせられた心の内、言い聞かせるように繰り返し考えていたこと。

紅秀麗は御史であり、邪魔になれば排除しなければならぬ力を持っている。けれども彼女は違う。

眸を閉じた暗闇の先に浮かぶ豪華な錦を纏った彼女の姿が医女へと変化してゆく。

ただの医女であればいい。

貴賤を問うつもりはなく、むしろそれは時として驚異となり邪魔になるのだ。

皇毅の表舞台に割って入るだけの血筋も権力もない。
だから愛情だけを理由においておける、そんな風に思ったから連れ帰った。
今でも、そう思っている。

(それが不誠実だと云うならばそれまでだ……)

出来る最大の譲歩をもって迎えてやったのだ。あとは彼女が決めること。

見れば弁当に詰められていた薬草饅頭がそっくり無くなっていた。
平気で食べていた紅秀麗の舌は腐っている。
饅頭に対してはそんな感想しか残らなかった。




舌が腐っていらしい秀麗が自分の執務室へ戻り皿を出してお土産の薬草饅頭を早速と並べだすと、裏行の蘇芳が視線をあげた。

「お嬢さん、長官とこ行ってたんじゃないの?」

「行ってたわよ」

にべもなく吐き捨てる秀麗の尖った口調を敏感に察した蘇芳は椅子から立ち上がり、怪しげな穴だらけ饅頭を凝視する。

「戦場から戻ったようなその饅頭、お嬢さんが作ったようには見えないけど」

「葵長官のお弁当に入っていたのを貰ってきたのよ。これはあの医女さまがね、」

最後まで聞かず蘇芳は口を歪めて絶叫した。

「お嬢さんって長官と、そそ、そんな仲ーーー!?いつの間にそんな変なことになってんだよ、長官を転がす魔性の女ってこんなーーーー!!?」

バシン、と大きな音を立てて机が叩かれ散々な扱いの薬草饅頭が悲しげに宙に浮いた。

「今まで八仙様もびっくりな仏心で黙ってましたけどもね、長官もタンタンも、クソセーガも、どいつもこいつも馬鹿にしすぎてんじゃないわよ!」

「……え、何が…オレが?変なとばっちり食らってない?」

「いいから!タンタンもお饅頭食べてみて」

冗談でからかった矛先がかなり悪かったなと察した蘇芳は理由も訊かずとりあえず饅頭をかじった。
意味不明に睨みつける秀麗を横目に一つ食べ終えて、ついでにもう一つと手を伸ばしたところで秀麗の眉が上がった。

「お饅頭の味、どうなのよ」

「……まぁ、絶品とは言い難いけれど、オレの水加減間違えた上に塩入れ忘れた握り飯といい勝負じゃねーの。腹が空いてりゃ何でも美味いよ」

本心で言ってないと二個目には手が伸びないはず。そうよね、秀麗はぽつりと溜息を吐いた。

「長官の愛情、全然足りてないわよね!!」

「そ、ソウデスネ……」

やっぱり話がまるで見えない蘇芳は黙って饅頭を食べるしかなかった。






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