得難い存在


泥水のような視界の利かない湯に二人して転落し、泡で視界が霞んで水面がどこなのか分からなくなっていた。

慌てて水を飲み込めば溺れてしまう。
玉蓮の身体を支えて引き上げてやらねばと、皇毅は視界が利かないまま水中で手を伸ばし探したが、苦しさのあまり暴れているはずの玉蓮は既にプカリと顔を水面に浮かべていた。

遅れて皇毅も水面をから立ち上がり、ぷかぷか浮かぶ亜麻色の瓜のような頭を見下ろす。

「お前は河童か」

「皇毅様……私のこと突き落としませんでしたか」

図星を突かれ皇毅は視線を逸らした。

やっぱり突き落としましたね、と玉蓮は水面から睨みつける。

「以前から、どこの貴族のお嬢様だと疑問を持っていたが、よもや河童だったとは」

「誤魔化してないで、ちゃんと謝ってください」

しかし謝るどころか、くつくつ嗤いながら皇毅は額にはり付いた前髪をかき上げる。
その様子を玉蓮は黙って見上げていた。

湯にあたってしまったような顔で見上げてくるくせに、自分では立ち上がらず肩まで湯に身体を沈めている様子に皇毅は手を差し出した。

「いつまで河童やっている。そろそろ出てこい。それとも腰でも抜けてしまったか?」

「私のことは放っておいてください」

ふるふる、と頚を振って何故か傍から離れてゆく河童に皇毅は視線だけ追いかけた。
河童医女は浴槽の端っこに張り付いて小さくなっている。

ほとほと呆れかえり、背を向け浴槽から上がろうとしたが、縁に手を掛けたところで停止した。
機嫌が悪そうな渋面を貼り付け振り返ると、再び浴槽への中へザブザブと入り、玉蓮の前に仁王立ちになった。

「お前が解毒されてどうする」

「皇毅様の官服、台無しですね。申し訳ございません」

「この服の事か?官服は官給品だ。こんなもの内務省にいくらでも用意させられる」

服の事だけではない。
よかれと思ってやっていた医女仕事が全て皇毅に迷惑かけてしまっている事が悲しくなってきてしまったのだ。

睡眠不足だから休んで欲しいという気持ちも、この薬湯風呂も、全部。

「もしや、私は……口やかましくて迷惑な存在なのでしょうか」

なんだ、今更気が付いたのか。

普段の皇毅ならば、絶対にこう言った。
しかし肝心のとどめをささずに湯の中へザブン、と身を沈めた。

「かつては御史への待遇など蔑ろにされ、内務省は官給品を出し渋っていた。大机案の塗装が剥げて修繕を要請しても一向に来やしなかったものだが、今では新しい大机案を運んでくる。どこよりも力のある部と流れを図る目に長けており、官給品が粗末になる事によって異変を察知できる部署だ」

「え……?」

何故内務省に対する愚痴を言っているのか分からなくて玉蓮は小首を傾げた。

「しかし、今でもまったく動向が読めない部署がある。お前がかつて所属していた内院だ」





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