最初から嘘だった


しん、と静まる夜靄の中で玉蓮は広大な紅家の敷地を一望できる高楼へ登り東方の昊を眺めていた。

昨夜はどうしても寝付けなかった。
そんな時、一人になれる場所を探すのは昔からの癖みたいなもの。

この地にて、栄華を誇った紅家の貴族達が此処から貴陽に浮かぶ灯りを眺め、悠々と酒を酌み交わしていたのだろう。
しかし今は誰もここへは登ろうとはしない。

秀麗からも「あそこは階段が半分崩れているから登らないでください」と注意を受けていた。
一つの時代が終わって取り残された廃墟のように忘れられている、そんな場所だった。

邸は荒れ果て家人達からも裏切られ、無一文同然となっても紅州へは帰還せず、この貴陽に残ったのは何故だろうか。きっとそれなりの理由があったに違いない。

苦労して育った秀麗も紅州の本家へ戻れば大貴族の深窓の姫として、それこそ三の姫のように大切に育てられ、紅家長姫の尊い身で王宮へと輿入れできたかもしれないのに。

しかし彼女は望んでいないようにも見える。
幼く微笑む事もあれば、烈火のように怒りを露わにし、悲しければ眉を寄せて涙を流す。
その姿は庶民的でもあり、魅力的だった。

玉蓮は視線を昊から邸へと向けてみた。
白い息が視界を掠める。
その先に広がる屋根瓦は暗がりでも欠けているところが目につくが、母屋は綺麗に修繕されていた。

玉蓮が借りている客間の屋根も見えた。
借りている室の寝台に重なる布団を、いつもより綺麗に畳んである。
何故か、これっきり、コウガ楼からは戻って来られないような気がするから。

(どうして、そんな風に思うのかしらね……)

きっと寒さで神経質になっているだけ。
しかし嫌な予感だけはいつも的中するから、念のため、室は綺麗に掃除しておいた。

きちんと畳まれた煎餅布団になけなしの炭が入った火鉢を確認するように思いだし、そっと溜め息を吐けば視界は白くなる。

化粧水も売れているし、薬材店での仕事も楽しい。紅家の居候生活にも馴染んできた。
いつか自分の薬房をもてればいいなと、そんな将来の夢もぼんやりと描けるまでに玉蓮の心は回復していたはずだった。

それなのに……しっくりこない。呆気なく流されてゆく気がする。


夢の中で燃える村

きっとそこへ行きたいのだ


村を燃やしてしまったのは、皇毅かもしれないから……

考えれば考えるほど、言葉に出来ない不安が胸の中で重く渦巻いて仕方がない。
そう、突き止めなければ、気が済まなくなってしまっていた。

夢の中での怖い出来事がなんだったのか、それを知るまで幸せに向かって進めないと、そんな風に……。

何も知らなければよかったのだろう。
狐の面の男にも会わなければよかった。

指し示された道はあまりにも細く茨のようで、真実を突き止め御史台を告発しろとも言っていた。
一度でも狐の面の男の手を借りれば、彼の手駒になってしまうのだろう。

そんなことは望んでいないと逃げ出した。

ならば、これからどうすれば、夢の中での出来事を調べる事ができるだろう。

玉蓮が溜め息を吐くとまた視界に白い靄がかかった。

(私のお父様と、お母様の仇が本当に皇毅様だったとしたら……私はあの方を許せるのかしら……反対に皇毅様は、私を生かしておいていいのかしら)

皇毅を好きにならなければ、絶対に、どんな手を使っても王の耳に届くまで訴えただろう。
疫病での封鎖は仕方ないが、皆殺しにする為に火を放っていいわけがない。

「人殺し……」

恐ろしい言葉が、ふいに口から吐き出された。





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