旧情にすがる


窓から見える縁取られた昊に月が昇っていた。
時は刻々と過ぎている。

一斉検挙で突入されたとしても妓女のふりをしてコッソリ逃げ出そうと思っていたが、指揮をとる御史に盛大に絡まれてしまっては逃げられないかもしれない。

玉蓮は恨めしそうに精一杯眉を逆立て清雅を睨みつけてみるが、百倍怖い形相で睨み返され敢え無く俯いてしまった。

しゅん、と小さくなる進歩のない玉蓮を虐げる清雅だが、彼も一度だけ機会を与えてやったのだ。

賭博場へは行くなと警告してやった。
それなのにこの女はまたノコノコと件の中枢までやってきて、あろうことか博打までやっている。

情状酌量の余地なしと結論づけた。

だがイカサマ博打の手管に通じる清雅の目をもってしても玉蓮が山に細工した仕掛けを見極める事は出来なかった。
この賽子の目をどう振れば彼女が敗けるかが分からない。

仮にこのまま適当に振って玉蓮の望む目を出し喜ばせてしまえばとんだ道化だ。鬼の官吏(女官も)殺しの名に傷がつくだろう。

三拍ほどの短い沈黙の後、清雅は寛厚顔を貼り付けて優しく問いかけてきた。

「イカサマだと因縁つけたお詫びにお前が出して欲しい目の要望があれば訊いてやる。振り手が願えば叶うという話もあるぞ?」

「ありがとうございます!では重六でお願い致します」

嬉々として顔を上げ、すがるような瞳で見つめてきた玉蓮に清雅は失笑しそうになるが、その瞳と視線が合うと心の底に貯まる湖面が大きく揺れた。

満面の笑みであるのに、瞳の奥底に影が沈んでいる。
幾度も虚勢や虚偽を巡らし挑んでくる相手と対峙した清雅はこの影の根深さをよく知っていた。

(この……女)

今の言葉が本心なのか、偽りなのか、全く見抜けなかった。

確かに玉蓮はイカサマをするような賽子の持ち手をしていた。
ならば本当に百戦錬磨のイカサマ賭博師として渡り歩いていたのかもしれない。
もう一つ気になる事がある。彼女は自分の瞳の奥に沈む深い闇に気がついているのだろうか。

もうすぐ怒りや悲しみにのまれそうなほど、その闇は濃くなっていると悟っているのか。
玉蓮の闇はあと一握りの砂で溢れてしまうだろう。

純粋で可憐な優しい医女の被り物を着た”何か”に変わってしまう。

その最後の鍵を握っているのは玉蓮の運命を”愛”などで縛り翻弄した皇毅なのだろう。
だから彼女は皇毅に会いに来た。

瞑目するしかなかった。
清雅は彼女が挑む大博打の結末を見届けることにした。『皇毅に会う』という大博打に。


コロン、コロン、と賽子が卓子に転がる。

揃った目を見て玉蓮が思わず立ち上がって喜んだ。
どうやら自分の望むものが得られたようだったが、清雅は結局玉蓮が望む目はどちらだったのかは見なかった。

最早そんな小さな事はどうでもいい。
嫌がらせもなにも、崩壊寸前のこの女は皇毅の事しか考えていないのだから。

そう思うと急にこの後の検挙に意識が集中してゆくのが分かった。

取り巻きから喚声があがり玉蓮が『不老不死の丸薬』をしっかり手にするのを確認して清雅は音もなく室をでた。






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