年々歳々
考え込む静蘭をよそに玉蓮は何とかして二人を止めようと胡乱に瞳を彷徨ませた。
「秀麗様、静蘭様も……あの、…その……お休みの日くらいお邸でのんびりされて下さいませ」
「のんびりするのもいいけれど、久しぶりに胡蝶姉さんにも会いたいし」
「お嬢様は以前コウガ楼の家一軒分ほど価値のある調度品を壊しまくった事がありまして、二度とそのような事がないようにお嬢様が落とした壷は私が受け止めねばなりません」
「なので行きます」と、ニコニコする二人にこれは駄目だと諦念する。
「……そうですか」
泡父茶を飲み終えた玉蓮はヨロヨロと立ち上がり、自室へと去っていった。
邵可も茶器を下げるため厨房場へ消える。
そんな二人の後ろ姿を見送った秀麗は横に控える静蘭を横目でチラリと見た。
「玉蓮さん……なんか怪しいわよね」
「徹頭徹尾、怪しいです。葵長官と逢い引きでもするつもりでしょうかね」
「えーーーーー!やっぱりそうなの!?」
「冗談です」
はぁ……。
秀麗の溜め息が小さく漏れる。
「静蘭、何かあったら長官から玉蓮さんを守ってあげてね」
「は、?………」
思わぬ言葉に静蘭は困ったように肩を竦めた。
よろよろと自室へ戻ってきた玉蓮は寝台の上にちょこんと座って此方も溜め息を吐いた。
「このままでは秀麗様達がコウガ楼へ一緒に来てしまう…」
なんとか止める手段はないものだろうか。
ふと、顔を上げると、夜の静けさに包まれる石壁にくり抜かれた小さな窓から輝く星昊が見えた。
一人で窓を眺めていると、忙しない一日がようやく終わった気がして、なんだか心が落ちついてゆく。
同じように二人で月を眺めた事があった。
玉蓮は思い出したように袂にしまってあった文を取り出した。
かたかた、と指先が震えているが、それは悲しいからではなく、寒さに手が悴んでいるからだと、そう思いながら文を開いた。
「皇毅様の……香り」
三の姫に宛てられた文にぽつり。
旧情がこぼれ落ちた。
(三の姫様は私が皇毅様に見限られたと知っても、もう元には戻らないおつもりなのだわ)
ならば私はどうなのだろう、と考えないようにしていた疑問が湧いてくる。
玉蓮が忘れられなくても、皇毅はとうに忘れてしまったに違いない。
迎えに来ないどころか、侍女達には存在を消すかのように箝口令をしいてしまった。
どうしてこうなってしまったのか、片鱗はそこらかしこに落ちているのに、拾えない。確かめにゆく勇気が出ない。
情けない性根はもう嫌というほど感じている。
しかしこのままでは秀麗の方が勝手に踏み込んで来そうな気がしてならなかった。
彼女は一つ細い糸を見つけ、それを辿って玉蓮と皇毅の昔話に辿りついてしまうかもしれない。
どんな細い糸をも手繰り寄せる聡明な秀麗。
狐の面を被った男がわざと落としていった断片はまだ拾えるだろう。
けれど秀麗を巻き込んでは駄目だ。
これからどうすればいいのだろうと、玉蓮はそればかりを考えながら眠りについた。
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