イカサマ賭博師
玉蓮はゆっくりと一つ溜息を零した。
煩わしい……後宮の宴席と全く同じような事になってきている。
思うことはそれだけだった。
深く吐かれたその溜息は、自分も本気で好きになってしまった人がいたことに対するものに違いない。
彼だけは、皇毅の事だけは信じていたのに、やはり興味本位で言い寄る男達と同じくらいの愛情しか持ち合わせていてくれなかった事が、それがたまらなく悲しくて溜息としてこぼれ落ちた。
相手がいない苛立ちの矛先がたまたま目の前にいただけの男に向けられる。
「それは貴方が私の事を身請けしてくださるという事ですか?」
玉蓮のとんでもない発言は他の客達の耳には届いていないようだった。
官吏は困ったように肩をすくめる。
「コウガ楼の妓女を身請けする金は持ち合わせていないけれど、贔屓の客になりたい」
「贔屓の……客?」
温厚に見えるだけで実際にはひたすら我が道をゆくだけの玉蓮の堪忍袋の緒がぷちん、と音を立てた。
でも大丈夫。ギリギリまだ切れてはいない。
玉蓮は心中で『いい加減にして!』と暴言を吐いて、同じく心中で酒瓶で官吏の頭をがちん、とブン殴った。
けれど実際には拳を握りしめただけだった。
そう、ここまで我慢に我慢を重ねたのに軽率な行動を取るわけにはいかない。
数年前、宮城で女官として宴席に出た時に、同じように言い寄る官吏の脳天を酒瓶で殴ってしまい、あわや刑部へ突き出されそうになった事があった。
あの時と同じ轍は踏むわけにはいかないので必死で堪える。
しかしこれ以上この男と一緒にいてはいずれ酒瓶で殴ってしまうかもしれない。
もう離れようと辺りを見渡したその時、玉蓮の心の臓がドクン、と音を立てた。
縹家の直紋『月下彩雲』
桐の匣に入った二つの黒褐色の丸薬
間違いない。
不老不死となると云われる幻の丸薬だ。
しかし縹家の直紋を認めた瞬間で偽物だと勘が告げた。
紛い物に騙される官吏達。否、騙されたいとしか思えなかった。
「君のお目当てが賭けの品にあがったようだな」
同時に男も台座に目を向けていた。
「そのようですね……では私は賭博場へ出ます。失礼致します」
悠然と踵を返したが、その背に疑問が投げかけられた。
「君は何を賭けるんだい?それなりのものを出さないと『不老不死の丸薬』の場へは出られないよ」
玉蓮は停止した。そして震撼した。
そ、そうだ……。賭けるものが……。
(な、ない………)
綿密に計画してこの場に潜り込んだつもりだったのに、最後の最後で賭けるものを用意していなかった事に気がついた。そんな馬鹿な。
官吏の男に指摘され、恥ずかくなり真っ赤になった玉蓮は、必死に三の姫から貰った装身具をまさぐったが全部合わせても足りないかもしれない。
「ないなら君自身を賭けたらいい。俺が賭博の相手になってやるよ」
「え?」
「勝負して、もし君が勝ったら『不老不死の丸薬』を買い付けて君に贈ろう。此方が勝ったなら君は俺のものになる。それでどうだい」
玉蓮は瞳を見開き小さく頷いた。
しかし周章狼狽すると見せかけて、してやったりと拳を堅く握りしめていた。
−−−−私は絶対に負けない
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