官吏との再会


小さな包と化粧水の入った大きな包み二つ抱えた玉蓮は、紅家からの去り際、一度だけ邸の方向を振り返った。
秀麗はきっと怒っているだろうが、巻き込んではいけないと、もう一度自身の心を固くする。

何としてももう一度、葵家に入り込んで皇毅が隠している事を知ろうと決めたのだ。
温もりある帰れる場所があってはその場になって怖じ気ずいてしまうかもしれない。

秀麗と一緒に暮らしながらいつか自分の薬房を開きたいと、そんな望みを棄てきれないかもれない。

皇毅がくれた自由を無駄にするような行為はお互いの為にならない、皇毅の過去をほじくり返しても誰も幸せにならない。

分かっている

もうお互いの愛は途絶えてしまったのかもしれない

それも、分かっている……



午は閉じられているコウガ楼の表門を叩いた。
重厚な門は叩いても聞こえないのではないかといつも思うのだが、不思議と毎回即座に開かれる。

半開し強面の男が威嚇するような眼差しで睨んで来た。
用心棒というより傭兵丸出しの門番は、化粧水売りの顔を覚えていたのか睨み顔のまま軽く会釈してくれた。

「今日はいつになく早いな」

言葉と共に低い地鳴りのような音を立て門が開く。
普段は午頃に売りにくるので確かに早すぎるが、玉蓮は適当な言い訳をしながら敷居を跨いだ。

胡蝶も化粧水を買っている事がかなり融通の利く扱いとなっている気がする。
彼女はこの妓楼の至宝のような存在なのだろう。
だから玉蓮は他の行商人とは隔てられ特別扱いをされていた。

コウガ楼の中は朝陽を嫌うように静まりかえっており、夕暮れに灯る紅い提灯も全て消えている。

廊下には昨日の酔っぱらいが落としていったと思われる酒杯やら、箸やら、財布やらが転がっており、見習いの女の子が掃除していた。
落ちている財布は拾った者のお小遣いになるのだろう。

見習いの女の子は玉蓮を見ると大きな目を見開いて驚いたような顔をした。

「おねぇさまお早うございます。お客さんのお帰りですか?」

どうやら玉蓮のことをコウガ楼の妓女だと思っているらしいが、まだ片づいていない廊下に目をやり不安そうにしている。

「大丈夫よ。私にはお客さんはいないから」

安心させてあげるために言ってみたが、見習いの女の子は飛び上がり今度は涙目になった。

「ねぇさんにはお客さんつかなかったの?ごめんなさい。今日はがんばってください」

微笑んだ玉蓮が逆に怖かったのか女の子は脱兎のように逃げ出してしまった。
お客がつかない悲しい妓女と勘違いされたままポツンと取り残される。

(私、妓女に見えたのかしら……)

簪一つもささずに裾がすり切れ色あせている衣服なのにね、とパタパタ前掛けを叩いてみた。
別に妓女に見えたことに対して嬉しさも不快感もなかったが、依然ここに皇毅と泊まった事を思い出した。

朝一人でフラフラするなと言いながら、皇毅は厠まで着いてきた。
妓女と間違われ他の男にちょっかい出される事を心配していたのだろう。

あの時は、何も怖いものなどなかった。
興味の赴くまま行動していた。それはきっと皇毅が手を繋いでくれていたから。
勝手な事をしても追ってきて傍にいてくれたからだ。

もう、その手は遠い。

皇毅が差し出してくれなければ、玉蓮からではどうにもならない事なのだと今更ながら感じ俯く。

お客のつかなかった寂しい妓女は、あまりフラフラせずに目的の場所へ行かねばならないかもしれない。
玉蓮はお客と鉢合わせしないように、誰もいない回廊を選んで二階へと上がった。





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