嵐の前


コウガ楼潜伏組に合流し、官吏達による博打を摘発するはずだったが、秀麗と蘇芳は外された。

摘発が中止になったのではなく、二人が来ては何かしら不都合があるのではないかと秀麗は踏んでいる。
しかし、蘇芳まで食い下がるとは意外だった。温和しくレイカちゃんのところへでも行っていると思っていたのに、何を血迷ったか長官と直談判していたとは。

それも勝手に。

「そ、それで……長官はなんて?」

責める気持ちよりも長官がなんと言ったのか、それが一番気になるところだった。

「長官は俺に密命を下した」

「……………」

………。………。

蘇芳の自信みなぎる表情とは裏腹に暖の足りない室が更に冷えた。
秀麗と静蘭は爆弾発言にそろって絶句する。

密命とやらを下されたのは仕事だし、別にいいのだけれど、何故それを漏らしているのだろうか謎だった。
命とか、そのへんいらないんだろうか。

「タ、タンタン……それ私に漏らしちゃっていいのかしら」

「よくねぇよ。お嬢さんがコウガ楼なんかに勝手に行かないように見張れってさ。それが俺の任務」

「馬鹿ですかタンタン君。今の言葉でその任務、遂行不可能ですよ」


コウガ楼へ行かないように見張れ


皇毅の声が聞こえてくるようだった。秀麗は息を飲む。
どうしてそんな風に読んだのか分からないが、秀麗の行動は先読みされている。

しかし、頼んだ相手が間違っていた。かなりだ。

「俺は任務を確実に遂行するぜ。お嬢さんがコウガ楼へ行くなら止める。そして振り切られたら、追っていく!どこまでも、コウガ楼の中までもな」

ガタン、とボロ布巻いた蘇芳が立ち上がった。
その言葉に静蘭がまず瞑目し、腕を組んで項垂れた。
コウガ楼まで入ってしまったら任務失敗なのだと教えてやりたい。

また一人面子が加わってしまったのだと秀麗も静蘭も理解して諦めた。
蘇芳が場に合わない一張羅を纏っていた理由もいまなら薄ぼんやりと分かる。
コウガ楼に入った時にいいところの貴族のお坊ちゃんに見られたいのだろう。

本当に位の高い名門貴族は案外質素な出で立ちなのに、あんな一張羅ではただの成金貴族にしか見えない上、目利きのコウガ楼妓女には全く通じない。

静蘭は蘇芳が秀麗に求婚しに来たのではなかったので、勘違いして桶の水をぶちまけた事を謝ろうかと鐘三つ分ほど思案してみる。

(まぁいいか……)

それで片づけた。

「つまりタンタン君はその密命とやらの為に朝っぱらから参上したというわけですか。ハタ迷惑な」

指を突きつけられ蘇芳は素直に頷く。

「まぁそんなところ。それでお嬢さんは結局、公休日だろうとなんだろうと仕事しにコウガ楼へ行くつもり?そんなに仕事に生きてんの?俺、実はそこんとこも気になってさ、一応お嬢さんとこの裏行だし」

「そんなこと気にしてくれたの?悪かったわね……でも長官とタンタンの予想通りよ。私はこれからコウガ楼へいくわ。玉蓮さんと一緒にね」

そうですよね玉蓮さん、と秀麗が振り向いたが、今までそこにいたはずの玉蓮の姿がなかった。

「え、玉蓮さん……?」

ぼんやりと、ニコニコしながら控えめに傍にいたはずの玉蓮は、忽然とその場から姿を消していた。





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