午寝の邪魔をする
昊にはもくもくと入道雲がわいている。
強い日差しを避けるように玉蓮が四阿で寛いでいると、当主様がお帰りになったと家人が伝えにやってきた。
午に帰ってくるなど珍しい夫を迎えに出るために起きあがると向こうからやって来た。
官服姿に目を丸くする。
立ち姿は優美だがなんとも夏が似合わない。
そんな感想を口にすればまたご機嫌を損ねるのでいつもの調子で微笑んだ。
「おかえりなさいませ」
「息災か」
「はい」
皇毅は備え付けの椅子に腰を下ろした。
お茶を準備しようと立ち上がると腕を掴まれた。
「漸く仕事が一段落ついた」
「まぁ、それはお疲れさまでした」
今度は心からにっこりと微笑む。
夜午関係なく仕事をしてる皇毅の帰邸は『仕事が終わった時』
仕官時刻終了の太鼓など、そろそろ夜だよ夕焼けこやけのお知らせに過ぎなかった。
帰って来ない間もしつこく弁当と着替えを届けつつ、コッソリ浮気調査をしていた玉蓮だが、結局顔は見られなかったので体を害していないか心配していた。
「では早速腕を失礼致しますね」
久しぶりに会っても嬉しさに涙ぐむなど絶対になく、医女の顔して顔色や浮腫を診たり脈診をしだしたりする妻を眺めながら、皇毅はようやく家に帰ってきた実感を噛みしめていた。
本来は自室へゆき室内着に着替えるべきなのだが、面倒になりそのまま倒れ心地よい腿に頭を乗せる。
だらしがないですね、と上から声が降ってくるが同時に白檀の香りが付いた風がそよいでくる。
扇子を広げてゆっくり仰いでくれる妻の姿を見上げると目を閉じた。
急に泥のような眠気が襲ってくる。
(今死んだら、なんとも中途半端な腹上死だ……)
どうしようも無いことを考えながら湖底のような暗がりへと沈没する。
暫くの間、妻を枕に気絶していたと思う。
しかし彼方からバチン、バチン、と何かをひっぱたく不快な音を聞いて皇毅は再び目を開けた。
見上げると額に手を当てて困り果てる玉蓮の顔がぼんやりと見えた。
「本当に困った子……皇毅様のお午寝中に叩かなくてもいいのに」
独り言をもごもごと漏らしている。
困った子は息子の事で、午寝中に嫌がらせのような事をしているのだろう。
「この音はなんだ」
ほら起きてしまったわ、とむくれる玉蓮に案内されて中庭へゆくと息子が白い反物のような物を木箆でバシン、バシン、と叩いていた。
母を真似て前掛けを腰に巻き付けて叩く作業に没頭している。
何か嫌な事でもあったのかと疑いたくなるくらい思いっきり腕を振り下ろしているその姿を遠巻きに眺めていた皇毅は疲れてへばる息子に訊ねた。
「何故紙を作っているんだ」
「え、!?」
息子と玉蓮が同時に目を見開いて皇毅を見つめた。
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