黒影を背負う
室に戻った二人が一礼し腰を掛けると、待っていた旺季は改めて皇毅と玉蓮を不思議そうに眺めた。
まだ狐につままれたような気分だった。
悠舜が茶州から嫁を連れて戻ってきた時も仰天したが、その時この皇毅は『茶州の女を娶った途端、悠舜が抱えていた州の負債がどこかへ消えた』と平気でぬかしていた。
そんな皇毅に何があって、このちょこんと座りたまに室内をキョロキョロ見渡している女性を娶る気になったのだろう。
三の姫以上の利益でも……あるのだろうか。
そんな事を考えてしまう自分自身にもガッカリする。
「もう大丈夫なのか?」
話し掛けると奥方はビクリ、と跳ねて背筋を伸ばした。
「ご心配おかけ致しました。もう大丈夫です」
ぺこり、と頭を下げる人の好さそうな奥方と横に無表情で座す無愛想な皇毅の図はやはりヘンだった。
何かないとこうならない。なんだろうそれは。
旺季の好奇心に火が点いた。
「そうか、よかった。それで話が途中だったが、……結局、皇毅とはいつ?」
有耶無耶にしたのにまた訊かれたと、皇毅はあきらさまに面倒くさそうな顔になる。
玉蓮には説明が出来ないだろうから代わりに仕方なく重い口を開いた。
「ですから、……座興で顔を合わせた時に見初めたと言いました。覚えておりませんか?晏樹が呼んだ変な酌をする官妓です……いや、代理の医女です…」
官妓と云う言葉に猛然と玉蓮から睨まれ「代理の医女」と言い直す。
そんなのいたかな……、と旺季は暫く腕を組んで黙考していたが遂に思い出してポン、と手を打った。
「いたな!何故か平伏で挨拶して床に頭をぶつけてその後も全く顔を上げなかった上に、皇毅に徹底無視こいた女官が!」
「………それです……」
そこまで如実に思い出さなくて良かったんですけど。玉蓮はそんな気持ちで俯いた。
見初められるような要素が何処にもなかった。
すると玉蓮は辻褄が合いそうで素敵な馴れ初めを閃いた。
爛と輝く瞳に嫌な予感を察知した皇毅が口を封じる前に、玉蓮は揚々と閃いた捏造を述べた。
「実はですね!皇毅様はあの座興で『隣の室に下がれ』と仰いまして……実はそこで結婚を申し込まれてしまいました!」
皇毅は固まった。
旺季の瞼はぴくり、と痙攣した。
玉蓮の乙女心いっぱいの馴れ初めは、旺季と皇毅には全く違って聞こえた。
今度は皇毅が冗談じゃないと言い返す。
「て、適当云うな!誰があんな変な酌だけでいきなり結婚申し込むんだオカシイだろ馬鹿めが!」
「え、………」
素敵な馴れ初めに出来たと思う玉蓮は絶句した。
しかし、焦る皇毅が即行で頭を回転させる三拍で旺季は今の説明で納得してしまった。
「わかった……もういい、馴れ初めはどうであれ、この時世でちゃんと責任取ったのは偉いぞ皇毅」
「………な、」
今度は皇毅が絶句した。
[ 73/75 ][*prev] [next#]
[戻る]