血を見て為ざるは


空室で休んでいた玉蓮がそろそろ戻らねばと回廊を重い足取りで進んでいると、先程の家令が中庭で落ち葉を掃いている姿が目に留まった。

淡々と枯れ葉を一箇所に集める背は陰を帯びどことなく寂しい。

「あの……!先程は、ご無礼致しました」

声を掛けてみるが、声が小さすぎて聞こえなかったのか、無視されたのか老家令は振り向かなかった。

これ以上しつこくしては申し訳ないと、丸い背に一礼し踵を返すと「葵皇毅殿とお嬢様のことを勘ぐっているのなら無駄ですぞ」そう背後から嗄れた声が聞こえてきた。

振り返ると老家令と目が合った。
箒を片手に佇む老人は別人の様に血色も覇気も無い。
よく見れば落ち窪んだ片目の瞼だけが半分ほど垂れていた。

「奥様が案ずることなど何一つございません」

何を言われているのだか理解できず、回廊から中庭へ降りてみると老家令は少し驚いた表情をした。

「皇毅様が『飛燕』と呼んでいた方のお話ですか?」

値踏みするような視線に対し、困ったように笑みを零す玉蓮に恰も此方が卑しい事をしているような気がして老家令は口許を歪めた。
深窓の姫ならば、こういった他人事に免疫がない。
とことん調べ尽くして皇毅を責めることしか出来ないはず。


話しても無駄−−−−−−否、或いは


「飛燕様は、既に……」

この奥方がどんな表情をするだろうか、見てみたい。
きっと愁傷に口許に手を当てるくせに、その美しい顔を煌々とさせ安堵するのだろう。

「……他界致しました」

突風が集めた枯れ葉を昊へ舞上げる。
それが邪魔して奥方の顔がよく見えない。口惜しかった。

「皇毅様は、以前私が『離れていても愛しております』と申し上げましたら……何方かを思い出されたようでした……飛燕様なのですね」

「………」

違う。そんな言葉を聞きたいわけではない。

「そんな事を吐いておりましたか。しかしそれがあの男の手練手管……」

長話などする気は無かったのに、老家令を駆り立てる黒い感情が噴出してゆく。
先王の御代に次々起こった災厄と悲劇。その中にあった幸せの箱庭。

壊れてしまった小さな箱庭。

「奥様は、疫病より遙かにたちの悪いものをご存知ですかな?」

疫病という言葉に玉蓮は瞳を滲ませた。
しかし、知っている。疫病より遙かに被害が大きいもの。大切な命を貪るもの。

「それは、戦争と蝗害だと思います」

「………そう、ですかな」

てっきり「それは殿方の浮気です」とか、見当違いぬかすのではと失笑混じりの質問だったのに、何故ここで核心を射抜くのだろう。
もしかして、この方は自分が思っているよりも賢いのやもしれない。

ならば、余計に厄介で彼女自身が危険だ。





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