暗中の正道
遅い陽光がゆるゆると上がると曙の美しい昊が広がり、遠くには火事の痕跡を思わせる一本の細い煙の筋がたなびいていた。
静かな貴陽の朝、玉蓮は寝台からそっと足を伸ばして冷たい石畳の感触を確かめる。
そのまま抜け出ようとすると、掛布から長い腕が追って伸びてきた。
「………離れるなと言ったはずだが」
柔らかい身体を腕の中に絡めとると皇毅は再び眸を閉じてしまった。
「あの……、あの」
困ったように口ごもり、仕方なしに小用がありますと消えいる声で伝えると皇毅はサッと身体を起こした。
乱れている袂を手際よく伸ばし沓を履く。
「ついて行ってやる」
上から羽織りを投げられ玉蓮はポカンとした。
「……一人で行けますよ?」
「此処は妓楼だ。何かあったらどうする」
思いもよならない発言に頭を下げちょこちょこと皇毅の後について室を出た。
明け方の妓楼はうって変わり奇妙な程静まり返っている。
朝の庭掃除や厨房場で仕度をする刻だというのに、日常とは全く対称的で不思議な光景だった。
「静かですね……何方もいらっしゃらないのでしょうか」
「いや、おそらく室の中で妓女が客を引き留めているのだろう。このまま逗留してくれとな」
「そうなのですか……切ないお話ですね。お客様が逗留してあげるとどうなるのでしょう……二人に愛が芽生えたり…」
「客が破産するだけだ」
容赦ない断言にズルッと肩を落とす。
それが本当だったら世知辛過ぎる。
玉蓮を厠へと送り届けると皇毅は二階窓に半分腰掛け中庭を見下ろした。
そのまま暫く様子を見ていると、飾り門から二人の男女が歩いて来た。
予想通り。宮城へ出仕するならばこの時刻に現れるような気がしていたのだ。
無造作に結い上げられた寝起きの髪に色気を伴う胡蝶は昨日より更に凄艶だった。
「晏樹様、今回の事本当に感謝しております。頂いた千金は有り難く組連へ配当させてもらいますね」
「気にしなくていいよ。報酬が鉛まみれの鍋だけじゃ親分衆は動かせないの知ってるし」
その二言で皇毅の頭は素早く回転し腑に落ちなかった疑問の答えが弾き出された。
(親分衆を動かしたのは胡蝶ではなく晏樹か)
多額の報酬を身銭切って支払い朝廷が事態を把握するまえに捩じ伏せたのだ。
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