焼けつく瞋恚
ふわり、ふわりと舞う綿雪が徐々に積もりだすと露店に集まっていた女たちも一人、また一人と消えていった。
露店を開くには頗る時期が悪いと店主も恨めしそうに昊を見上げている。
店主達はもうすぐ店を畳むのかもしれない。そうすれば白粉を作製している旅閣か根城へとつけられる。
そう思い玉蓮が様子を窺っていると、胡蝶と名乗った女人も同じように視線を投げていた。
長い睫毛に縁取られたその眼差しは瞋恚を含むように見えた。
それは何なのか、自分の疑念に通じるものがある気がして玉蓮は羽織っていた外套を深く被り直した。
「胡蝶さんは……露店でお買い物はされないのですか?」
「白粉なんて今昊から降っている雪ほど持っているからね……ちょいとばかり気になる事があるだけだよ」
「それは奇遇です。私も気になる事があるんです」
曖昧な肚の探り合いのような会話だが、胡蝶は思わず吹き出しそうになる。この玉蓮という娘、ちょっと面白い。
この娘になら少しばかり話してみてもいいかもしれないと静かに腕を組む。
「私の妹分が最近妙な病にかかってね……原因を探しているんだよ」
途端に玉蓮はパチリと瞳を見開き前へ進み出た。
「それはどんな病ですか?その方が白粉を使っていたのですか!?」
「しっ……露店商に聞こえるじゃないか……」
「嘔吐の症状や爪の色が変色しておりませんか?色々忘れっぽくなったりはしておりませんか?」
胡蝶は苦悶に歪んだ表情でつけ加えた。
「皮膚も爛れてきたよ……隠していてね、医者にみせるのが遅れたんだ」
「おそらく鉛中毒です。白粉を金の簪に擦り当てましたら緑色に変色しました。鉛は金に触れると緑色に変色することがあるのです」
侍女頭はぎょっ、とした。
鉛中毒−−−
医者の見立てと同じものだった。胡蝶は沸き上がる気持ちを抑え瞑目した。
妹分の妓女が鉛中毒に倒れた。気にかけてやらなくてはならなかったのにボロボロになるまで気付いてやれなかったのだ。
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