朽ちる黄金
静かな黎明を向かえると庭が霜で白く染まり冬の寒さが増しているようだった。
玉蓮は広すぎる寝台の中で、大きく深く呼吸をしてからゆっくりと身体を起こす。
皇毅は登城したまま帰って来なかった。
おそらく夜通し後処理をしてくれたのだろう。
胸の痛みが治まっている事を確認すると衝立に掛かけてある皇毅の羽織にしがみつき瞳を閉じる。
(ありがとうございます皇毅様……)
離れ難く羽織を肩に乗せて玉蓮が西の対の屋から廊下に出ると、戸口で凰晄と侍女頭にぶつかりそうになった。
「まぁ、びっくりしましたわ姫様、おはようございます」
皇毅の羽織にくるまっている玉蓮の可愛らしい姿に侍女頭が思わずにっこりと微笑み礼をとる。
しかし玉蓮が東の対の屋へと向かおうとしている事に気がついた凰晄の口からはハァ、と根深い溜め息が洩れた。
「お待ちなさい」
「………は、はい、なんでしょう」
いいから入りなさいと家令に目配せされ玉蓮は室へと逆戻りとなる。
促されるまま椅子に座ると侍女頭が後ろに立ち、櫛で丁寧に髪を結ってくれた。
侍女に髪を結い上げて貰うなど本当に久しぶりで、なんだか少し擽ったく感じてしまう。
「姫様の髪は艶があるのにとても柔らかですので油を使わなければ簪が滑ってしまいます…素敵な御髪ですね」
「ありがとうございます。母譲りの……自慢の髪なんです。いざという時に高く売ろうと頑張って伸ばしております」
「……………」
優秀な侍女頭は余計な貧乏根性話は聞かなかったことにした。
ゆったりと櫛が髪の中を滑り抜けると、その心地好さでうっとりしてしまう。
嘗て養い親の邸で世話になった侍女との朝の仕度模様が蘇ってくるようだった。
御史台へ縁談活動に行ってください−−−
そんな事を言われた日もあった。
懐かしい朝の一時を思い出して、ふふふと小さく笑っていると対面に座していた凰晄が「それでは本題に」と背筋を伸ばす。
「朝からどちらへ向かわれるおつもりでしたか」
「厨房場……です」
「何をされに」
「朝餉のお手伝いに……です」
いつの間にか侍女頭は室から下がっていた。
「そんなに仕事がしたいのなら実は相応しい仕事が山程あります。ご案内致しますので此方にお願いします」
何だか、ものすごく嫌な予感がした。
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