珠玉の香色
−−−門下省長官
政策に関する審議を司り次官でも御史大夫の皇毅より官位が高いことを後宮へ上がる際に女官から教えられていた。
後宮から外朝へ続く小道に立って垣間見える官吏達を遠巻きに眺めていた。
その官吏の殆んどが道を開け礼をとるだろう大官。
「失礼のないように致しませんと……」
「問題は二つある」
皇毅の指が寄り掛かる壁をトン、と打った。
「一つは旺季殿が三の姫の後ろ楯だった事……もう一つはお前が一度官妓として御前に出てしまった事だ」
そう、玉蓮は一度宮城で旺季と対面していた。
医女官としてではなく座興の花として顔を合わせてしまった。
「でも……名乗りませんでしたし、私のような者を覚えてはいらっしゃらないかと思いますが……」
「覚えているはずだ。そういう方だ」
「……………」
あの夜聞いた優しい声色がまだ耳に残っている。
怯えながら仰ぎ見る玉蓮の瞳に映り込んだのは上品な香色の官服。
その優しげな眸は奥にどこか憂いを含ませる珠玉の色。
しかし向けられる優しさの中に何か違和感を感じた。
表面的には優しげでその奥は無関心、そしてその奥の深層が全く見えない。
(怖い………)
そう、あの時、
怖いとも感じた事を思い出した。
腰を撫でている皇毅の大きな手の甲にやんわり掌を重ねると、今度は秀麗の冷い手を思い出した。
更に、もっと冷たい死んだ医女の手と秀麗の手が玉蓮の脳裏でピタリと合わる。
(………違う、!)
「どうした」
玉蓮は皇毅の胸に顔を埋め俯いた。
考えなければならない事があるのに、手繰り寄せる糸が滑る。
自分の事で精一杯だった。否、自分の事でさえどうしたらよいのか分からないでいる。
「ごめんなさい………考えなければならないのに、疲れてしまって」
「………すまなかった、邸に着いたらしっかり休め」
皇毅に当たってしまった事が申し訳なくて、重ねた手で脈診しツボを圧しながら揉み解す。
「私………、皇毅様を困らせてばかりですね……」
−−−酒と、………女と、金………
いつか宮城で聞いた言葉がポロリと落ちてきた。
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