はじまりの風の先
冬の陽光は刻々と西へと傾いている。
山嶺に棲みかをもつ野犬らしき遠吠えがやけに響いた。
「秀麗様はこの医倉………どこか妙だと感じませんか」
玉蓮の発問は正に秀麗が切り出したい内容そのものだった。
「感じます。こんな山奥で誰も来なくて潰れちゃったんじゃないかって」
辛い一夜を経た医倉を眺めながら、玉蓮は悲哀に満ちた表情で地面に落ちる薬草の欠片を拾い上げた。
「潰れたとは少し違います。此処は立地の悪い診療所ですが……疫病が発生した際、隔離に使う場所になるのです」
「え、……?」
秀麗は直ぐには意味が飲み込めず拳をギュッと握りしめた。
「私は医倉で病と向き合ってきました……秀麗様の足許にも及びませんが、女が男と並べると信じて働いてきたつもりです」
「玉蓮さん……」
「でも皇毅様は私が世に出ていく事を認めてはくださいませんでした。この国にある男尊女卑の根幹を変える気はないのかもしれません……それが貴族派の思想なのでしょうか」
感情的に瞳を揺らす玉蓮とは対称的に秀麗は「うーん」と指を一本顎に沿えて内容を咀嚼するように頭の中で転がす。
「それ……思想というより、長官の家訓なんじゃないんですか?」
「え、……」
「それに玉蓮さんがこの診療所で苦労を重ねてきたのは『女でもやれることを見せたかった』からなんですか?」
「そんな、こと!………」
真っ直ぐに見詰めてくる秀麗の大きな瞳に、己の矛盾が浮き彫りになってゆく。
『女だから』
『女でも』
玉蓮は自身で女性ということに着錮していると秀麗は見抜いていた。
「私は葵長官に散々無能扱いされてますが『女だから』なんて一度も言われた事ありません。玉蓮さんを女性だからと差別する人じゃないと思います………基本的には鬼ですが」
最後に口を滑らせ慌ててオホホ、と取り繕い秀麗は自分の想いを自身で噛み締め曇天を仰いだ。
「でも今の私があるのは主上のおかげ……だから私は……何があろうと揺るがないわ」
−−−私の王は紫劉輝だけ
昊から降ってくる雨でさえ、時に劉輝の苦痛の涙のように感じる。
「政治の派閥に振り回されている暇なんてないわ。ただ、民の為に官吏だから出来る事をやるだけよ」
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