倶に天を戴かず


御史達の戸籍台帳を管理する官吏とそれに対峙する秀麗は同じような押し問答を飽きもせず繰り返していた。

「何故ですか!」

「………ですから機密事項なのです」

狭い室内には膨大な資料がうず高く積まれているが、肝心なものはしっかりと錠のついた抽斗に入っている。
机案に向かい秀麗の話を耳半分で聞いている官吏はもう一度溜め息を吐いた。

「どうして葵長官のお邸の場所が機密事項なんですか」

「慣例によるものです。知りたいのなら当人に直接お願いします」

「直接?……」

長官の身辺調査をやってますのでお邸ガサ入れさせてくださいと正面から言えというのか。そんなの言えるわけがない。

(長官のお邸の場所を知ってそうな方は………晏樹様……でも窺っても着いた先はセーガん家とかいうオチが平気でありそうだわ)

普段から謎な人だが住んでいる家すら分からないとはどういう事だと肩を落とす。
こうしている間にも結婚詐欺事件はちゃくちゃくと進行し、鬼の形相で嗤う皇毅と利用された上に玩ばれて泣き濡れる玉蓮の姿が目に浮かぶようだった。

なにせ仕事の為ならばそれもありだと皇毅は最初に突き付けてきたのだ。

(お、おお女の敵……)

拳を固く握ると背後からカツカツと聞き慣れた沓音がしてきた。
これはまさかの、と振り返れば室の入り口でほくそ笑んでいる清雅が見えた。

「自分の仕事放っぽらかして呑気にこんな所で談話してるなんて随分と偉くなったもんだな」

「ちょっと!これのどこが談話なわけ?さっさと曇った目ん玉洗いに行ったら」

フン、と清雅は鼻で笑う。

「相変わらず威勢だけはいいな。葵長官なら貴陽北西の診療所に行ってると思うぜ」

「は、?」

珍しい助言に口が開いたまま用意していた反撃が出なかった。

秀麗の考えなど分かっているかのように、ゆっくりと余裕の笑みを含んだ清雅が腕を組み耳許へ寄る。

「俺が追い落とせなかった案件だ……お前もやってみろよ」

眸にギラリとした強い眼光が灯っていた。
憎しみなのか、面白がっているのか分からない表情で睨まれる。
何をやれと言われているのかはよく分からなかったが清雅は玉蓮と少なくとも一度は関わっているような、直感だがそんな気がした。

「早くしないと隠されちまうぜ」

「…………隠される」

きっと玉蓮の事だけではない。
この先も、知りたい事は全て皇毅によって闇の中へ消されていってしまう。

跳ねるように我に返った秀麗は資料室を飛び出していった。




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