慟哭の滴


人が目の前で殺傷されたり自壊してゆく光景を皇毅は何度となく正視してきた。

感情のない氷河の双眸を見開き、時には死に逝く最期に恐怖と怒りで血走った目に射抜かれようと逸らさず見てきた。

その度に正気を保つ皇毅をどこか狂っているんだろうと周りは徐々に距離を置き離れて行った。


しかし、真実

大切なものを失う度に、皇毅の特別大きいわけではない器の中にボタリ、ボタリ、と滴が容赦なく溜まっていただけだった。

それがいつ溢れてしまうかなど、皇毅の知った事では無かったし知りようもなかった。


−−−ボタリ、


また言い様のない気持ちの悪い滴の音


腕の中で肢体をだらりと垂らす妻の姿


「……許すものか……殺してやる………」

絞り出した皇毅の言葉に兇手と武官達の動きを注視していた俊臣が振り向く。
皇毅は護衛に留まる武官に檄を飛ばした。

「捕縛されている医者を呼べ!……兇手は私が八つ裂いてやる」

「自重したまえ!」

皇毅よりも遥かに平静を保つ俊臣はしなだる玉蓮に近づき飛んできた短剣の刺さる箇所を確かめる。

漆黒の眸がぎょろぎょろと動き、短剣を見つけたところでぴたりと止まった。

「あれ………?刃が床に転がってるじゃないか」

不思議だ。飛ぶ速度からして身体に突き刺さっているはずの短剣は何故だか床に落ちている。

ちょっと失礼、と何かに気がついた俊臣が玉蓮の首から下がる紐を手繰り寄せると、破れた小さな袋が袂から現れた。俊臣は一つ頷く。

普段の皇毅ならば容易に気がつくはずであるのにどうしたことか。
正気を失う程の存在なのか。

「刃はこの袋に当たったみたいだ」

その言葉に皇毅は眉を寄せ自ら小袋の口を開ける。

よい香りの付いた小袋からスルリと透き通る石が出てきた。

皇毅が月と共に贈った翡翠石。

「この子、首から石をぶら下げていたみたいだ。なんでだろうね」

「……………」

「聞いてんのかい!君の大切な人は死なないよ!」

最後にそれだけ言うと、俊臣は武官達を追うように踵を返し去って行った。




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