朝霧に散りゆく


軒の蔀から曇天を仰ぐ玉蓮と対面でその姿を眺める皇毅は静かに北の医倉へと向かっていた。

ゴトゴトと揺れる軒が紅南区に差し掛かると、玉蓮は嬉しそうに物見へ身を寄せて紅家の邸を目で追う。

「秀麗様のお邸……」

「この地区は紅家筋の居住区だからな」

やはり見向きもしない皇毅に少し俯くと、長い腕が細腰に絡み付いてきた。
そのまま身体を倒され皇毅の膝に頭を預けると玉蓮は気がついたように瞳を閉じる。

「酔ってないか」

「いつも、ご心配お掛けして申し訳ありません……」

冷えきった表の感情の奥底に沈んでいる皇毅の優しさに触れる度、温かくて嬉しくて、そして愛しい。

「捜査の方は、うまく運んだのでしょうか」

「粗方予定通りだろう。到着するまで一刻はかかるだろうから少し休んでいろ」

外套を掛布代わりに肩に乗せられる。
仲間意識の高い医倉の医女達から今更どの面下げて戻って来たのだと言われるかもしれない。


物見遊山


決してそうではないのに、そんな言葉が自らの脳裏に過ってしまう。

しかしどうしても自分の目で確かめたいのだ。
医倉は再開出来るのか、真摯に働いていた者達は犯罪に巻き込まれ処罰されてしまうのか。

そして、実際犯罪に手を染めていた者達はどうなるのか。玉蓮にもその件については訴えたい事があった。

「皇毅様………、薬房の主人と医師がつけている帳簿は……でたらめです」

「知っている。だからお前の付けていた正しい出納帳が必要なのだ。麻薬だけでなく薬材も流していたのだろう」

「私、それを役所に訴え出たくて出納帳を付けたんです。なのに、結局逃げ出して……」

後宮に上がり、華やかな宮廷生活に目を輝かせ、贈り物に頬を染め暮らしていた。

「秀麗様なら、絶対……絶対に途中で諦めたりしなかった。こんなことになる前に止められたのに、私は……」

「お前は自分が憐れで泣くような女だったのか?」

落ちかけていた玉蓮の涙が揺れながら止まった。

玉蓮の虚勢を張りつつ何度も転んだ生きざまを皇毅は知っている。
知った上で傍においているのに、何故そんな事を言うと訴えられているようだった。

「私……記録はきちんとつけました。出納帳は三冊隠してあるものがございますので、必ずお役に立つかと思います」

「それでいい」

優しく頭を撫でられる。
その大きな掌を感じると、やはり甘えたくなってしまうと玉蓮は再び瞳を閉じて身体も寛げた。




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