審判を司る
高い城壁の縁が薄く光の輪郭を描き始めた。
東に陽が昇ってくる様子を宰相室から出た皇毅は静かに眺める。
暫くして、朝議の準備をする為に王殿へ向かう官吏達が回廊に現れだした。
「俊臣殿」
皇毅が待ち伏せしていた人物へ声をかけると、王殿からは逆方向、そそくさと刑部牢の棺桶に戻る途中の俊臣は振り返る。
「ちょ、………皇毅…キミの頭から後光が差して眩しい!遂に禿げちゃったのかい?その若さで気の毒に、後でザンバラ髪を届けよう」
「……後光が差しているのは私の後方が東だからです。少し意見を伺いたいのですが宜しいでしょうか」
しっかり言い返して淡々と話を進める皇毅に俊臣はむかっ腹を立てる。
早く寒くて冷たい、そして真っ暗な棺桶に入りたいのに。
「なんて嫌味な時刻に話し掛けるかね」
「判例についてです」
足早に立ち去る俊臣の背後を皇毅はピッタリとくっついてくる。
こうなると最早振り切る事は出来ない。旺季が一喝しても目的を果たすまでついて来るらしい。
俊臣はハァーと盛大に溜め息を吐いた。
「なにかね」
「十悪に届かずとも、極刑は可能だと思いますか」
俊臣の漆黒の瞳がギロリと剥く。
「御史大夫がとんだ世迷い言だね……極刑であろうとそれは司法と王に委ねられた『賜死』だ。どうせブッ殺してやりたい輩でもいるんだろうが、今更私怨に身を投じる気かね。キミはこの国に必要な男、僕の目の黒いうちはさせないよ」
「いえ、………誰もそんな事言ってませんが…分かりました」
否定しながらも欲しかった答えが聞けたからか、皇毅はその場で足を止める。
「俊臣殿、一斉捜査の全権を委ねます。私は捜査の翌朝現場に参ります」
変わらずの無表情だが、己の道に迷う若かりし頃の彼を思い出した俊臣は踵を返す背に向けてポツリと呟いた。
「あの医女を連れて来てくれるのかい?」
立ち去る皇毅から是否の返答は無かったが、俊臣もそのまま背を向け根城へと消えていった。
お互い医倉捜査の具体的な話はしていなかったが、刻々とその時が迫っているのは承知の上だった。
皇毅が冷えきった長官室に戻ると、大机案に書翰が積まれている。
悠舜を手伝えばやはり此方が滞る。
椅子に腰掛け、とり残されていた白磁の蓋を開ければ、中にはまだ丸薬が少しだけ入っていた。
ゆっくりと指で探りだし、口に入れると玉蓮がにこにこしながら「美味しく作りました」と語りかけてくるようだった。
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