ある日の戯れ事 | ナノ
テーブルに並べられた小包の内の一つを開封した吉野は、その中身を手にとって思案していた。



「…うーん…。どうしようかな、これ…」



エメラルド一の人気作家である吉川千春のもとには、毎月沢山のファンレターとプレゼントが送られてくる。余りに量が多すぎるし、仕事も多忙な為、吉野は全てに返事をすることが出来ない。だから、せめて可能な限り全てに目を通そうと、担当編集である羽鳥と共にファンレターやプレゼントを見るのが、毎月恒例となっていた。
今月も、沢山の手紙の一つひとつに目を通し、時折涙で目を滲ませた吉野だったが、ある小包を開封して、さてどうしたものかと悩み出す。

―――小包の中に入っていたのは、赤地に白の水玉で、フリルがあしらわれたエプロンだった。

何故エプロンが入っているのか。添えてあった手紙によると、先月吉野が書いた漫画のワンシーンで、ヒロインが料理をする場面の手際の良さから『吉川先生もきっと普段から料理をする』のだと思われたからのようだ。

(…トリが料理してる所を、そのまま描いただけなんだけどな…)

実際の吉野は、食べるのは好きでも、作る方はからっきしだ。エメラルド一の乙女作家・吉川千春のイメージにそぐわない事実なので、表立って公表はしていないが。

「…エプロンなんだから、使えばいいんじゃないのか?お前、ファンの子から貰った入浴剤や、髪留めなんかはよく使っているだろう」
吉野の手に持たれたエプロンを見て羽鳥が口を出したが、その提案には苦笑をするしかない。
「…年に一回か二回、料理をするかしないかの俺に、そういうこと言う?」
せっかくファンの子がくれたものだからと、貰ったプレゼントは、使えるものはなるべく使うようにしている。中には若いファンが少ない小遣いで贈ってくれるものもあるし、そのまま引き出しにしまったり、捨ててしまうのは忍びない。だから入浴剤などの消耗品は勿論、明らかに女の子向けの飾りが付けられた髪留めだって、修羅場中に邪魔な長い前髪を纏めるのに有り難く使わせて貰っている。
…しかし、吉野の生活の中に『料理をする』という行為はないので、エプロンを貰っても持て余してしまうのだ。

「…大体、これ女ものだから俺にサイズが合うかな………あれ、意外に大丈夫だ」
エプロンは、後ろの紐である程度サイズを調整出来るものだった。ものは試しとエプロンを羽織ると、一般の成人男性よりも細身な吉野にはすんなりと着られた。くるりと一回転すれば、エプロンの裾がふわっと舞う。
「見ろよトリ、すっごい可愛いデザインだよな、このエプロン。まあ、男の俺にはとても似合わないけど。
…そうだ、来月の付録のカットで、ヒロインに着せてみようかな」
「来月は丁度お菓子をイメージした付録の予定だし、いいんじゃないのか?
…しかし、似合っていなくはないんだが、下がTシャツとスウェットなのが頂けない。ミスマッチ過ぎる」
羽鳥が渋い顔をして呟く。
「……あっそう…。っていうか何だよ、その、まるで麦茶とめんつゆを間違えて飲んだかのような嫌そうな顔」
「…心境としては、正にそんな感じだな…」
眉間の皺を更に深くさせて溜め息を吐く羽鳥を見て、吉野ははたと気付く。

「つーかさ、エプロン使う頻度なら、俺じゃなくてトリの方が多いよな?」
「はあっ?」
「トリがこのエプロン着てみろよ」





―――――「なんで俺が着なくちゃいけないんだ」「いーじゃん、減るもんじゃないし。ちょっと着てみろよ」という問答を繰り返したのだが、吉野のしつこい「お願い」に抗うことを諦めた羽鳥が、苦虫を噛み潰したような顔でエプロンを着ることになったのは、暫くしてからのことだ。

「あははははっ、ヤバいっ、似合ってない!ひー、可笑しくて涙が…」

目に浮かんだ涙を拭っていると、不機嫌な顔をした羽鳥に咎められる。
「………吉野、笑い過ぎだ。似合わないのは分かりきってただろ」
「まあまあ、いーじゃんか。可愛い可愛い」
「…さっき似合わないとか可笑しいとか言ったのはどの口だ。大体お前は…」

『カシャッ』

羽鳥の言葉を遮るように、シャッター音が鳴った。画面の中の似合わないエプロンを付けた仏頂面を見て満足した吉野が、携帯電話を閉じる。
「…おい吉野、お前、何を撮っている」
「え?優にも見せようと思って。だって珍しいじゃんか、トリがこういう面白い格好するの」
吉野が笑って言えば、羽鳥のこめかみがピクリと動いた。
「珍しくて当たり前だ、こんな格好をした三十路手前の男がそうそう居てたまるか」
エプロンを脱いだ羽鳥が吉野から携帯電話を奪おうとしたが、吉野が後ろ手に隠したので阻まれる。
「えー、もう脱いじゃうの?勿体無い」
「煩い。直ぐに画像を消去しろ」
「やだ。大丈夫、そんなに恥ずかしがらなくても、優やアシスタントの子達位にしか見せないからさ。別にいーじゃんか」
羽鳥が一番見られたくないのは柳瀬なのだが、吉野には分かっていない。
羽鳥は、これ以上言っても無駄だと感じたのであろう、大きく溜め息を吐いて別の提案してきた。

「…じゃあ、俺もお前の写真を撮らせて貰おうか。お前も俺を勝手に撮ったんだし、これでおあいこだろう?」
「ん?別にいいよ」
エプロン姿位、何ということはない。
軽い気持ちで了承した吉野だが、伸びてきた羽鳥の手に訝しむ。
「ちょ、どこ触ってんだよ、お前…!?」
Tシャツの裾を捲り上げて、吉野の両手を左手だけで縫い止めてきた。右手には携帯電話を持って、吉野に向けてくる。
「どこを触っているのか、いちいち言って欲しいのか?」
「そうじゃなくて、何してんのかって聞いてんの!」
口元は弧を描いているものの目は不機嫌そうに据わっている羽鳥に、思わずたじろがされながらも抗議をする。
「ああ…折角だから千秋の一番恥ずかしい所を撮ろうと思って」
しゃあしゃあと言ってのけた羽鳥に、羞恥で顔が赤く染まった。
「…お前は変態か…っ!つーか、てっきりエプロン着てるところでも撮られるかと思ったんだけど……んっ…おい、もう、やめろ…!」
「……お前が画像を消去したら、やめてやらなくもない」
「…てめー、ふざけんなよ、トリ」



―――結局、珍しい羽鳥の姿の画像を消す羽目になった吉野だけれど、どさくさに紛れて羽鳥が携帯電話に吉野の写真をこっそりと残していたことは、まだ知らない。











隆史ママが可愛い水玉エプロンを着るのなら、羽鳥お母さんも着たっていいじゃない!
…と思ってしまった故に勢いで書いてしまったお話でした。
2012.1.11 小ネタより移動
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