幸福の入る箱 | ナノ
大学の昼休憩時間。授業を終えて教授室に入ると、先に休憩に入った上條が弁当を机に広げているところだった。
「おっ、また愛妻弁当か、上條〜?」
弁当に箸をつけようとしていた上條の手が止まった。彼の恋人お手製の弁当は肉や野菜がバランスよく使われていて、今日もとても美味しそうだ。
「…なっ、何か悪いですか、宮城教授!?」
「別に〜?」
俺がニヤニヤしながらそう言うと、上條は顔を赤くして、少し悔しそうに黙り込んだ。おーおー、可愛い反応。
「あ、その唐揚げうまそうだな。貰っていいか?」
「あげませんよ!」
噛みつくように怒鳴られた。

上條の恋人は研修医で、多忙な生活を送っている。その忙しい合間を縫って弁当を作るのは、きっと大変だろう。
しかし以前上條と呑んだ時に聞いた話によると、上條が、
「お前は忙しいんだから無理して弁当を作らなくてもいい」
と言うと恋人は、
「無理なんかしてません。俺はヒロさんが食べてくれるならそれでいいんです」
とニコニコ応えたので強く出れなかったそうだ。以来、上條は恋人に無理のない範囲と言い含めて弁当を作って貰うことにしたらしい。…弁当だけに「ごちそうさま」といいたいノロケだった。
上條は恋人が作った弁当を食べる時には眉間の皺が緩んで、少し嬉しそうな顔になる。だから俺が「唐揚げちょうだい」などと言っても大事な弁当を分けてやるものかと大抵一蹴されるのだが、まあこのやりとりは俺と上條のレクリエーションのようなものだ。上條も本気で嫌だったら本だの巻物だのを投げつけてくる奴なので、少々邪険にされる程度なら怒ってはいないのだろう。

「大体、教授もお弁当があるじゃないですか。今日もあの高校生の男の子が、教授の机の上に置いていきましたよ」
「…へ?」
上條に言われて見てみると、確かに俺の机の上には重箱が置いてあった。箱には「食え」と大きく書かれたメモがセロテープで貼ってある。
「三段重ねの重箱なんて豪華じゃないですか」
「確かに量は多いが…」
蓋を開けてみると、中身は予想していた通りのものだった。

一段目、キャベツの油炒めがびっしり詰まっている。
二段目、キャベツの千切りがびっしり詰まっている。
三段目、白米がこれでもかと言うほど詰められていて、その真ん中には梅干しが一粒佇んでいる。

「「……………………………………………………………………………………」」

「………あの…、教授、やっぱり唐揚げあげましょうか」
先に沈黙を破ったのは上條だった。…大事な唐揚げを分けてやってもいい程度には同情を引くものなのか、このキャベツ攻め弁当は…?
「…いや、いい。キャベツだけで俺は腹一杯だ」
「そ、そうですよね。教授ももういい年なんですし、食物繊維を沢山とることはいいんじゃないですか、ははは…」
「そうそう、俺もいい年だしな〜。あいつ、前はうっかり胡椒の瓶を一本ぶちまけたりとかがあったんだけど、一度俺が盛大にむせてからは気をつけてるのか、味付けのうっっっすい…いやいや、キャベツそのものが楽しめるような味になってさあ。オジサンにも食べやすく……………おいやめろ、上條。そんな可哀相なものを見るような目で俺を見るな」
「すいません、俺こんなに大量のキャベツを食べたことがないんで何とも言えないんですが…ほぼ味のしないキャベツが重箱二段分って、キツくないですか?」
「聞くな」
…キャベツが好きという訳でもないのにキャベツ炒めばかり作る俺の恋人のお陰で、正直キャベツには飽きたので当分食べたくない。しかし、料理に対しても直球勝負な年下の恋人の、作っている時の一生懸命な顔を思い返せば断れるはずもなく…。

(あいつ、俺が「前より上手くなった」って言うと、嬉しそうなんだよなあ)

その顔を見るだけで、多少味が微妙でもまた忍の料理を食べようと思えるのだから。俺は今日もきっとこの弁当を完食してしまうのだろう。
それに、忍の料理は上達してるのだ…最近は調理中に火柱も立てないし、材料も均一な大きさに切れるようになってきたし。あとは包丁の扱いをもう少し気を付けてくれれば、俺の心臓に悪くないのだが。
…そんなことをつらつらと考えていたら、上條がまた自分の席へと戻ったので俺も重箱の前に座る。重箱の横に置いていた教科書を見て、俺はこの休憩時間に上條に伝えようとしていたことを思い出した。

「あ、そうだ、上條。
俺、午後からの授業の資料まだ準備してなくてさ〜。弁当食ったら手伝ってくれないか」
上條が眉間に皺を寄せた。だから眉間の皺は気をつけろってば、かわいこちゃんが台無しだぞ〜…と思うのだが、それを言うと話が脱線するので言わないでおく。
「午後の授業まであと四十分しかないじゃないですか…」
「ああ、だから上條センセが手伝ってくれないと間に合わないんだよな〜」
「俺だって午後は授業があるんですよ…」
はあ、と溜め息をついた上條が自分の弁当から俺の方に顔を向け、そして俺の重箱いっぱいのキャベツに目が止まった。
「…まあでも、教授も色々と大変そうですし、今日は手伝ってあげますよ。俺が食べ終わってからでいいですか」
「……………どうも有り難う御座いマス。」
大変そうに見えるのか、俺は。少々…いや、かなり複雑な心境だが、兎に角手伝って貰えるのでもう良しとしよう。





作ってくれた愛しいあの人の顔を思い浮かべて。
感謝の気持ちを込めながら。
さあ、この箱の中身がもっともっと美味しくなる魔法の呪文を唱えよう。



「「いただきます。」」











2011.08.19
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