アイコンタクト | ナノ
トリは普段は無口だけれど、雄弁な瞳を持っている。

例えば家族と電話で話す時には目の色が春の日差しのように柔らかになるし、デッド入稿明けには、まるでそれまで張り詰めていた緊張感やストレスがドロドロと溶け出してきたかのように暗く濁った目をしていたりする。後者の場合の元凶は確実に自分なので、とても本人に指摘出来ないけれど。
俺は考えてることが直ぐ顔に出るとよく言われるけれど、トリだって実はわかり易いと思う。
だって、一見何を考えてるのかわかり難いけど、あいつの機嫌は目を見れば直ぐに知れるのだ。今ムカついてるんだろうなぁとか、ちょっと照れてるのかなぁとか。
トリとはいつも些細な喧嘩をするけれど、こじれるのは顔を合わせる機会やゆっくり話す機会がない時ばかりで、やはりメールや電話だけでなく、直接顔を合わせないとうまくいかなくなるという通説は本当だと思う。何年一緒に居ても相手の気持ちが分からないことはあって、それが重なればすれ違いもする。

………因みに、今のトリが何を考えてるのか予想してみると。
ゆっくりと距離を縮めてくるこの眼差しは、きっと、ろくでもないことを考えている時の目だ。



「吉野」
トリが俺の名を呼ぶ。手と手が触れる。それだけでぞわぞわして、身体の中枢から力が抜けていき、腰を抜かしかける自分が情けない。
だから、後ろにあったソファにやんわりと押し倒された時には少しだけほっとした。流石に座った状態で腰は抜かさないだろうから。
けれど、そのまま覆い被さってきたトリと、重なった手の拘束のせいで後退出来なくなる。重ねられた手の力はまだ緩いから、払いのけようとすれば払える。だけど熱く揺らめくトリの目を見ると、何故か俺の胸中も熱を帯びて疼き出して、ぼうっとしてしまった間に唇が重なった。距離がゼロになったトリの顔を視界から追い出すべく、もう閉じられたトリの目に倣って俺も目を閉じる。
ああ、やっぱりこういう時のトリの目は、ろくなものじゃない。二十八年間幼なじみだったトリと行為に及ぶのは何度回数を重ねても恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないというのに、いつでもトリの熱い目に吸い込まれるように流されてしまう。
俺のせいじゃない、トリがこんな目をするから悪いんだと、誰に対する訳でもない、寧ろ自分への言い訳を心中で呟いた。

今日初めてのキスは、軽く触れるだけで離れていった。不思議に思いトリを見やると、静かに問い掛ける瞳が佇んでいる。

『どうしたい?』

名残惜しい?物足りなかった?

さしずめ、こんなことでも問いたいのだろうか…
そう思っていたら本当にトリが「どうする?」と口に出したので、つい噴き出してしまった。

「………何で笑うんだ」
「いや…お前が、俺が考えてた通りのこと考えてたから」

寄せられた眉につられて歪んだ瞳は、今度は訝しげだ。それが何だか余計に可笑しかった。
トリはムッとしながらも、もう一度問うてくる。

「で、どうする?」

どうすると言われても…もう他の選択肢が残されていないのに、決定権を俺にばかり委ねるトリは、狡い。だから、わざと唇を尖らせて言った。
「…お、お前のしたいようにしろよ」
せめてもの抵抗と自分なりの譲歩との折り合いを付けた言葉は、トリには不満らしかった。
「お前、ちゃんとわかって言っているのか…?」
「何でそこで疑わしげになるんだよ。お前の考えてること位わかってるっつーの…お前だって、どうせ俺の考えてること位わかってんだろうが」
「それもそうだが」
顔を背けた俺の目を覗き込むように、
「わかってても聞きたい」
「………ああ、もうっ」

どうするもこうするも無いっての。
ネクタイを掴んで、ぐだぐだ言うトリの顔を引き寄せた。してやったりと思ったのは数秒だけで、直ぐに主導権が奪われる。
薄目を開けてトリの顔を確認して、思う。
…やっぱりこういう時のトリの目は、ムカつく位にろくでもない。

―――そして、それ以降はまともな会話をすることもなく、漏れ出す吐息と僅かな水音が響くだけになった。











2011.12.15
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