雪名の好きなもの。 それを問われてパッと思い浮かぶのは、彼が大学で学んでいる油絵や、バイトで生き生きと販売している少女漫画だろうか。 でも俺は絵画には門外漢だから、話を振られても気の利いたことも言えない。 少女漫画は、どうしても自分の職業柄、仕事目線で見てしまうから、雪名のように純粋にファンとして楽しみきれないところがあって、斜に構えて読んでしまう自分が少しだけ申し訳なかったりもする。 俺の好きなもの。 …何だろう。毎日ヘロヘロになって仕事して、帰ったら直ぐに寝てしまって。たまの休みにする趣味と言ったら、読書くらいだろうか。けれど、この頃は休みの日にはため込んでいた家事に追われてばかりで、本を開く間もなかった。 我ながら面白味のない人間だ。雪名は、俺と話をしていて、本当に楽しいのだろうか。 「楽しいですし、嬉しいですよ。俺、木佐さんと毎日どんな些細なことでもいいから、話がしたいんです。木佐さんのこと、もっともっと知りたいですから」 今日の夕食であるグラタンをつつきながら、雪名が微笑んだ。住み慣れた自宅でも、雪名がにっこりと笑うだけでドラマのワンシーンであるかのようだ。つくづく美形は何をしても絵になる。 今、俺達の前に並ぶ熱々のエビグラタンは、雪名の手作りだ。玄関のドアの外にも漂ってきた料理の匂いに、自分の家の電子レンジにオーブン機能が付いていたことを、俺は今日久々に思い出すこととなった。 雪名は最近、料理に凝っている。また友達に料理を習ったんです、と言っては、機会がある度にその新作を披露する。不摂生ばかりで、まともな食事をとれていない身にはとても有り難い。 しかし最近、雪名の手料理を食べる度に、別部署の同僚のことをちらりと思い出す。新婚の彼は、新妻が毎晩張り切って沢山の食事を作るので残すのも心苦しく、かといって控えろとも言いづらく…その結果、近頃少し腹が出てきたのが悩みの種らしい。それを聞いた時には幸せ太りかよと冷やかしたものだが…俺の現状では、もしや彼を笑えないかもしれない。 雪名の作る料理は洋食が多くて、修羅場中には職が細くなる俺の為にボリュームも多めだ。俺、実は和食とか、さっぱりしたものも好きなんだけど…と密かに思うものの、楽しげに一生懸命作っているのは分かるし、二十一の若者には年寄りくさい趣味なのかもとも思ったりもして…切実という程の悩みでもないので、成る程確かに言い出しづらい。 ……それに、雪名の作る料理は本当に美味しいのだ。雪名が作ったからという事実が相乗効果になっているのは、言うまでもないけれど。 ほかほかと湯気を立てるエビにフォークを刺して、口に運ぶ。咀嚼していると、向かいに座る雪名と目が合った。その姿は何となく飼い主に誉められるのを待つ大型犬を彷彿とさせられて、微笑ましく思う筈だけどドキリとしてしまった。…どうしてこいつは、こんなことで、こんなにも一喜一憂出来るのかな。 「……うまい」 「良かった」 ふわりと笑む雪名がどうにも眩しくて、付き合ってから何ヶ月も経つというのに未だに心臓が跳ねてしまう。 こいつの方がずっと年下なのに、俺の方がいちいち動揺して落ち着きがない気がして、何となく悔しい。じと目で見上げると、秀麗な顔立ちが不思議そうに小首を傾げた。 …雪名は天然なのか、実は俺の内心の動揺を知る確信犯なのか。最近、薄々と後者のような気がしている。でも、そんな一面も嫌いではない。寧ろ、雪名の色々な面に惹かれているのも事実で。 恋人になってから早数ヶ月。まだまだ互いのことを知らない部分もある俺達だから、毎日些細なことだって会話をしたいという気持ちは、俺だって同じだ。 嬉しい。悲しい。楽しい。悔しい。…幸せ。 そんな気持ちを共有したいと思った相手は、雪名が初めてだから。 「なあ、雪名」 いきなり呼びかけられて雪名はきょとんとする。 「俺のことも話すけど、お前の話ももっと聞かせてよ。雪名のこと、もっと知りたいから」 君の気持ちを聞かせてよ 「……木佐さんっ!」 「うわっ…!何でそこで飛び付いてくるんだよ…わかんねぇ…」 「そうですか?俺、結構単純なんですけど」 2011.12.01 |