必然に手を伸ばすんだ | ナノ

「偶然も、何度も重なれば必然だよな」
「何度も言いましたけど本っ当に、単なる偶然ですからっ!」
偶然を強調してこちらをきっと睨み付けてきた小野寺は、しかし俺と目が合わさると直ぐに顔を前に戻した。
真っ赤な顔は照れのせいか、はたまた冷え込む外気のせいか。前者だと確信するくらいには、俺は自惚れている。





今朝は、玄関を開けると、ほぼ同時に家を出ようとしたらしい小野寺とパッタリと出くわした。「あなたと一緒に行きたくありませんから、先に行きます」と脱兎の如く走り去り俺の一本前の電車に乗った筈の小野寺は、何故か改札口でもたもたしていて、結局追い付くことになった。
「…なぁ、もしかしてやっぱり俺を待ってたとか?」
「違います!たまたま定期が見つからなくて…」
暫く立ち往生したものの結局カバンの底から出てきて、さあ改札を通ろうとした時に丁度俺と鉢合わせたらしい。
「間抜け」
「………っ」
唇を噛んでみせる小野寺が色っぽいなどと、昼間の混み合う電車のホームには似つかわしくないことを考えた。

電車から降りて外に出ると、雨が降っていた。冬の雨は静かで、冷たい。隣の小野寺も小さく肩を震わせる。
「確か折り畳み傘がカバンに…」
カバンの中身を覗いた小野寺だが、ぽつりと嘆いた。
「ない…」
「だろうと思ったけどな…。パスケースが行方不明になるカバンの中から、目当てのものが出てくる期待をするなよ」
「今日は偶然です。いつもならちゃんと…」
「嘘くせー。じゃあ、会社まで俺の傘に入っていくか?」
俺と相合い傘なんてとんでもない、勘弁してくれと顔に書いてある。分かり易い奴だ。
「いいです、近くのコンビニで買ってきますから」
「遠慮するな」
「遠慮じゃなくて、本気で嫌なんですっ!」
すったもんだの末に、最寄りのコンビニまで傘に入れることになった。別に相合い傘がしたい訳ではなく、嫌がる小野寺の反応が面白そうと思ったからの提案だったが、予想通りというか何というか、そわそわキョロキョロと隣を歩いていた小野寺が足を滑らせて転げそうになったので、腕を掴んで留めた。





―――コンビニに立ち寄った後は、それぞれの傘を手にして、会社までの道を並んで歩く。
「つーかさ、今日お前が口にした『たまたま』も『偶然』も、両方ともお前がうっかりしてたからだよな」
「偶然です!いつもならちゃんと…」
「ははっ、嘘だろ、それ」
やたら偶然を強調する小野寺をわざとらしく笑ってやる。それならば、こいつの周りには、偶然とは言えないやたらと高い頻度で『偶然』が訪れていることになる。

(――――偶然、か…)

俺と小野寺が出会ったことが偶然ならば、十年後再会して、しかもマンションの部屋が隣同士だったことも偶然なのだろうか。何かの符合か、運命の神様とやらの悪戯か。
けれど…一度別れて、また出会って、もう一度恋に落ちて。俺達は、元々そういう巡り合わせだったのかも知れない。偶然ではなくて、必然だったのだと。





「…高野さんの左肩、濡れてますね」
丸川書店の入り口で傘を閉じていると、小野寺が言った。
先程、小野寺と一緒の傘に入った時に濡れたのだろう。確かに俺のコートの肩が半分濡れている。
「まあ、すぐ乾くだろ」
濡れた左肩を見つめて、小野寺が口を開く。
「………あ、あのっ、さっきは言いそびれたんですけど。高野さんのおかげで俺、殆ど濡れてないですし、だから……その………」
早口の小野寺の顔は、紅潮している。

「有り難う御座います!」

………そう勢い良く言って直ぐにこの場から離れようとした小野寺だが、雨粒の散った床を思い切り踏みつけて顔面から転けたので、失敗に終わった。



必然に手をのばすんだ




「……お前、今日どんだけドジなの」
赤くなった鼻の小野寺が、差し出された俺の手を悔しげにとった。




2011.12.01
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