おとぎ話と現実と | ナノ
今月も地獄のようだった校了が終わり、昨夜は久しぶりに雪名と家で夕食をとった。健全な成人男性二名がそれだけで済むはずもなく、食事を終えてからいつもの流れでベッドへと転がることになった。

キスをして、愛撫をして、繋がって。

一通りの行為を終えて余韻に浸る間もなく、すぐに年下の恋人は第2ラウンドへと入ろうとしたので、俺は小休止を挟むよう頼んだ。

…こっちの年、考えろっての。

俺がそう言うと雪名は「だって木佐さんとするの久しぶりだったから、つい」と言って、いつものキラキラオーラを振り撒きながら微笑んだ。…こいつのこういう所は本当にタチが悪いと思う。恋人のこんな台詞にいちいちドキッとして、何だかんだで許してしまう俺にも要因はあるのかもしれないが。
そんな甘ったるい空気が漂った中で、俺はふと思い浮かんだことを口にしていた。


「雪名は、シンデレラ・ストーリーって言葉を知ってるか?」


「シンデレラなら知ってますけど…後ろにストーリーをつけると、意味が変わるんですか?」
俺の唐突な発言にも、雪名はニコニコとしながら応えた。今日の雪名は上機嫌なのか、いつにもまして笑顔な気がして、周期開けの三十のオッサンには眩し過ぎる。

「そうだなあ…まあ要は、シンデレラみたいな話ってことなんだけど。
それまで平凡だった女性が様々な困難を乗り越えて成功を掴んだり、玉の輿に乗ったりすることを、シンデレラ・ストーリーって呼ぶんだ。
その成功した女性のことはシンデレラガールって言ったり、男ならばシンデレラボーイと呼んだりもするんだけど…シンデレラ・ストーリーよりこっちの言葉の方がテレビでよく使われたりするから、馴染み深いかもしれないな。
こういう展開は、王道だから共感されやすいし、少女漫画にも昔から有りがちなストーリーだよな。最近の漫画で例えるなら…」
ここ数年にヒットした少女漫画のタイトルをいくつか挙げると雪名は成る程、と納得した。
「確かにどれも、普通の女の子が主役で、障害がありながらも最後には素敵な男の子と結ばれる話ですよね」
「そうなんだよ。何年か前に担当した作家で『女の子は誰しもシンデレラになりたいと思っているのよ』って言った人がいたんだけど。一理あるよな…」

「…それで、木佐さんはなんで急にシンデレラ・ストーリーのことを話し出したんですか?」
雪名の疑問に、俺は口ごもる。
「………いやっ、その…本当にしょうもない思い付きなんだけど…」
「なんですか?言って下さいよ」
「や、やっぱりよく考えると恥ずかしいから言わない!」
「えー、いいから言って下さいよー。木佐さんが急にこんな話をし出すの珍しいし、気になるじゃないですか」
身を乗り出して詰め寄る雪名に、半同棲状態になってから数か月は経つというのに、俺は相変わらずどぎまぎしてしまう。
「………笑わないか…?」
「笑いません」

「じゃあ、言うけどさ…
この頃の俺自身もシンデレラ・ストーリーのようなものだと思ってたんだよ」
「…え?」
「だからさ、雪名に会ってから仕事も何故か好調で。
絶対に無理だと思ってたお前とも、いつの間にかこういう関係になって…。
これがおとぎ話なら俺はここで『めでたしめでたし』って書いて、ハッピーエンドで終えてしまいたいな、とか思って………」

………いかん、俺は今かなり恥ずかしいことを口に出している。三十路のオッサンが自分の心情をおとぎ話に例えるなんて、寒過ぎる。いくら少女漫画の編集をしているとはいえ、思考まで乙女にならなくていいだろう。
大体、なんで俺はシンデレラを思い浮かべたんだ。ちょっと前までの俺は割とドライで現実的だった筈なのに、いつの間にこんなメルヘンな…


―――――ああ、シンデレラを連想したのは、相手が王子様だからか…―――


今は無表情で黙っている雪名は、誰もが王子様のようだと思うような整った顔で。夜中の薄暗い部屋の中に居ても、どこかキラキラと光って見える。

「……………木佐さんっ」
雪名はそう言って俺の両肩を掴んだ。先程までの行為のせいで汗ばんでいる身体に触れられるのはちょっと抵抗があるんだけど…とは思ったものの、少し冷えた身体に雪名の掌の熱さが心地いい。
「シンデレラ・ストーリーに当てはめて考える木佐さんの発想が可愛過ぎますよ!
さっきの言葉で言うなら、木佐さんはシンデレラボーイってことですか?一瞬シンデレラな木佐さんを想像しちゃいましたよ…うわあ、マジ違和感なさ過ぎますって」
「…つーか三十路にボーイって図々し過ぎるだろ。
男がシンデレラとかギャグだろ、ギャグ」
「木佐さんなら違和感ありませんから!」
………そう言う雪名こそ、王子様と形容されても違和感のない外見なのだが。

雪名はひとしきり騒いだ後、「ところで、」と言って俺の頬に手を添えた。先程までの笑顔とは違う、艶めいた夜の雪名の顔。

「木佐さんとのお話は楽しいんですが、小休止はこれ位にしておいて…キスをしても、いいですか?」

返事を聞く前からもうしようとしてるじゃないか、と思いながらも、返事の代わりに自分の唇を恋人のそれに寄せて応えた。











2011.08.19
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