ひとりよがり | ナノ
吉野は、人の気持ちを察するのが得意ではない。特に恋心に関しては、かなり鈍い。

吉野自身は、少女漫画家をしているのだから、そういうことに疎くはないつもりだと言っていた。
確かに漫画に関する読解力は流石はプロといったもので、キャラの台詞や背景に散りばめられた伏線にはすぐに気付き、「このキャラとこのキャラ、くっつくんじゃないのかな」といったことなら、よく言い当てる………が、実際の人間の恋愛関係にはとても察しが良いとは言い難い。いくら鈍いとはいえ、俺や柳瀬の仲の悪さや吉野への想いを十年間も気付かなかった奴のどこが「そういうのに疎くない」というのだ。

だからこれまでにも数え切れないくらい、無自覚に甘い言葉を言ってきたり、無遠慮にベタベタと触ってきたりした。
幼なじみの気安さからの言動だ、そもそも吉野はストレートだから男の俺など対象外だ…分かっているのにそれでも意識して、期待してしまう。吉野への恋心を自覚した思春期以降は、吉野の何気ない行動ひとつに何度悶々とさせられた夜があっただろうか。

今では俺達の関係は恋人へ変化したものの、吉野自身が変わるわけではない。相変わらず無自覚に俺を煽る言動をしかけてくる。
自分が俺の恋愛の対象だと理解した筈なのに、パンツ一枚で俺のベッドに潜り込んでいることもザラだ。世間一般の恋人同士ならこういう場合誘っているのかと思えるのかもしれない。だが、幸せそうに涎を垂らして惰眠を貪る吉野からは、甘い展開を期待することはとても出来ないし、期待するだけ後で虚しくなりそうだから、期待をしないようにしていた。此方の気など知らず先に寝入った吉野に、お預けを食らわされて辛い思いをしたことも一度や二度ではないのだ。





「―――なあ、トリ」
ソファに座って本を読む俺に、寄りかかってぼんやりとしていた吉野が身じろぎをする。微かに触れる吉野の髪の毛の先に思わずドキリとしてしまうが、平静を装って応えた。
「何だ?」
「…あのさ、」
吉野が珍しく固い声で語り出す。…ネームか何かで悩みでもあるのだろうか。
普段脳天気なくせに、こいつは一度落ち込むとなかなか浮上出来ない。何か相談したいことがあるのならば、しっかり聞いておかないと、後々の原稿に響くだろう。
…しかし、こうも距離が近いと、こいつはどうだか知らないが俺は落ち着いて話が出来ない。吉野の言葉の続きを聞く前に、肩を掴んで引き離した。
「取り敢えずどけ、邪魔だ」
「やだ」
何故か拗ねた表情になった吉野が、もう一度寄りかかってきた。遠慮なしに体を預けてくるので、正直、重い。
「何か相談でもあるんじゃないのか?」
「え、なんで?」
きょとんとした様子を見ると、どうやら悩み事ではなかったらしい。
「うーん…あ、でも、相談というか何というかが、あるような無いような…」
「?」
「だから、あのさ…」
躊躇をしていた吉野が、意を決して俺の顔を見る。もごもごと動かす唇から覗く赤い舌が扇情的に見えて、目をそらした。

(………誘っているのか?…いや、まさか)

きっと俺が吉野のことを『そういう目』で見ているから、誘っているように見えるだけだ。吉野にそんな意図はないのだろう。告白をする以前は、何回このパターンに悩まされたんだ。

そう頭の中で言い聞かせていると、吉野の口から出たのはやはり色気のない台詞だった。
「トリ、明日、暇?」
「…急ぎの仕事はないな」
「ふーん」
「………?」

今日の吉野は一体どうしたのだろうか。さっきから、はっきりしない事ばかりを言って、もぞもぞと落ち着かなそうにしている。頬は蒸気しているし、目も心なしか熱を持ってとろんとしていた。
吉野の所作一つひとつにいちいちドキリとする自分が情けないが、結局のところ俺は、吉野のすることなら何にでも反応してしまうのだ。ムカつくことも多々あるけれどそれでも愛しくて、無防備な姿を見せられる度に手を伸ばして触れたくなる。
だから、今の吉野だって俺にとってみれば誘っているようにしか見えないのだけれど………いや、誘う以外の心当たりがもう一つあったか。

「まさか…吉野、お前」
「…何?」
ピクリと肩を震わせた吉野が返事をする。
「また風邪でもひいたのか?」
「………………」
黙り込んだ吉野が、肩を震わせた。…やはり熱でもあるんじゃないのか?額に手を当てて確かめようとすると、手を払って吉野が立ち上がる。

「………あああ、もう!」

頭をくしゃくしゃとかき混ぜて唸ったかと思うと、俺の膝の上に乗ってきた。吉野の意図が分からなくて、いつもは見下ろしている顔を茫然と見上げれば、眉を寄せられる。

(…というか、この体勢は非常にまずいんだが)

跨がる吉野の腰に手を添えて良いものかどうか躊躇っていると、吉野が焦れったそうに俺のこめかみに口付けてきた。吉野からキスをしてくるのは珍しいし、不器用ながらも、ちゅっと音を立てたキスは一層珍しくて驚いてしまう。
「トリ、」


「……しよう?」


「…何を?」
吉野の言ったことの意味が理解出来なくて聞き返すと、耳まで赤くした吉野が視線を泳がせる。
「何って…その、あれだよ、あれ……みなまで言わせるな」
「?」
はあ…と溜め息を吐いた吉野が、俺の耳元に唇を寄せて呟いた言葉にまた驚かされて、疑い半分に繰り返す。
「セッ…」
「口に出さんでいい!」
全部言う前に、慌てて口を塞がれた。

「ともかく、今日の俺はそういう気分なんだよ、悪いか!?」

勢い良く言ってみせた吉野の口振りは不機嫌そうで、でもその顔は溶け出しそうな位に熱そうだった。
「いや…まさかお前からそういうことを言われると思っていなかったから…。悪くない」
くっくっと笑っていると、ふてくされた吉野が腰を浮かそうとしたので、肩を掴んで引き留める。
「…するんだろ?」
返事は返ってこなかったけれど、ドサッと俺の肩に顔をうずめたのが肯定の証だと思って、先ずは首筋に口付けた。

…だから、締め切り破りやあまりの鈍感さでどんなに腹が立つことがあっても、吉野に惹きつけられて、離れられないのだ。数回に一度位は、悶々としただけの見返りが返ってくることもある。





「お前から誘ってくれるんだったら、次からはもう少し分かり易くしてくれ」
「はあ?」
「お前は普段から、俺を試すような行動をとるからな。無自覚に誘っているのか、意識して誘っているのかが、どう違うのか分からない」
「してねーよ!」












水鏡様リクエスト「トリチアで、珍しく千秋から積極的になってみるが、誘っているのか、いつもの無自覚無意識パターンなのか迷い、悶々とするトリの話」でした!千秋に頑張らせた分、羽鳥がヘタレになってしまいましたが(汗)少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。
リクエスト有り難う御座いました!
2011.10.17
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -