単純不明快 1 | ナノ
※ミス組のif妄想です



「龍一郎、ちょっとこっちへきなさい」
出張から帰るなり親父がそう言ってちょいちょいと手招きをするものだから、俺はてっきりいつものように土産でも渡されるものだと思っていたのだ。
今回は何かな。そうだ、こないだ親父が買ってきた名古屋かどっかのせんべいが旨かったし、それがいいな。ちょうど小腹も空いてるし。
……とか考えながら傍に寄ってみれば、親父はどこぞの銘菓のせんべいや饅頭などは持っておらず。見慣れないものはと云えば、親父の秘書の横でぼうっと突っ立っている少年がひとり。
「……誰、この子」
俺の声にびくりと肩を震わせた少年は、よく見ると体中に傷を負っている。背丈は俺より少し高いくらいで、きっと年も同じくらい。二重瞼の瞳は深い枯れ葉色で、真新しい包帯が細い手足のあちこちにぐるぐると巻かれていた。
―――おい親父、あんた出張に行ってたんじゃないのか。一体どこに何しに行ってたんだ。なんで子供なんか連れてるんだ。
そう目で問うと親父は「内緒だ」と云った具合にウインクを一発かましやがったので、ちょっとした殺意がこみ上げる。…と同時に、親父がこういう態度をとるときは何も言うつもりはないときだと知っているので諦めた。理由はわからないけど、とにかくこの少年はここにいるのだからしょうがない。
何やらニヤニヤしている親父と、そんな親父に呆れた眼差しを向ける息子と、最前からずっとだんまりの少年。見かねた親父の秘書が、苦笑混じりに言った。
「龍一郎坊ちゃま。この子は今日から龍一郎坊ちゃまの遊び相手ですよ。ほら、薫くん、龍一郎坊ちゃまに挨拶をして」
「…………朝比奈、薫といいます」
ぼそぼそと名前を告げる間も、一度も目が合わなかった。
なんかこいつスゲー暗そうだけど、遊び相手になるんだろうか。まあ、飽きたら捨てればいいか。
いつもの俺ならそう思うだろう。なのにどうしてか虚ろな目をした薫を見ていたら、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようで。捨てるどころか、手を伸ばしてつなぎ止めていなければと妙な使命感を覚えてしまったのだ……つい、うっかりと。
(俺が守ってやらなきゃ)
―――――ああ、この頃はまだ可愛げがあったんだよな。俺も、あいつも。



初めはあいつの手を引いて色々なところに連れて行った。埃っぽい屋敷の書斎、よく茂って涼しいお気に入りの木陰。隣の家の幼なじみの春彦と会わせたときには、無口な奴ら同士全く会話が弾まなかったっけ。
あの頃の朝比奈は放っておいたらどこかへ消えてしまいそうな危なっかしさがあったので、俺はとにかく薫、薫と呼びつけては世話を焼かせて、最初はぼうっとしていた薫もあるときから俺にとくとくと説教するほどふてぶてしくなっていった。何がきっかけだったかな。まあきっかけはなんでもいい。あの辛気くさい顔をしていた頃よりはずっとましだから。
あいつに何があったのかは、大人たちの噂話でしか知らない。彼らは俺が子供だからと油断してポロポロと情報を零しているのに気付かない。
それらを繋いでいくと、どうやら薫の親の経営していた会社が倒産して、どうにもならなくなった朝比奈一家は人気の無い山中で一家心中を図ったらしい。薫の両親は亡くなった。だが身体つきが小さかったからか、へこんだ車の隙間に収まっていた薫は軽傷ですんだ。そこをたまたま通りかかった親父が助けて、ここで会ったのも何かの縁と、一人遺された可哀想な朝比奈薫くんの面倒を見ることにしたそうだ。
……それにしても人気の無い山中をたまたま通りかかるなんて、やっぱり親父は何か胡散臭いことでもしてたんじゃないのか。まあ、あの親父に一度ツッコミ出したら、ツッコミ所が多過ぎて止まらなくなるからもういい。
それよりも、それよりもだ。
「こら」
突然、頭をはたかれた。顔を上げると、初対面の頃より背が高くなった薫が二重瞼の上の眉をぐっとひそめている。こいつも随分と表情豊かになったもんだ――喜怒哀楽のうち、俺はここしばらく怒ばかりしか見ていないが。
「龍一郎様、さっきからうわの空で一問も進んでないじゃないですか。その宿題、明日までに提出だけど間に合わないから手伝えと言ったのはどこの誰ですか。あなたがそう言うから私も自分の課題を後回しにして見ているというのに……」
「わかってるって。休憩だよ、休憩」
「休憩が多すぎます。大体あなたはやろうとすればすぐに出来ることをいつも後回しにして……聞いてますか、龍一郎様」
「はーいはい」
二つ返事で答えると、はあっとこれみよがしに大きく溜め息を吐かれた。こいつ、いちいち口うるさいよなあ。けれど煩わしいのに、ほっとしている俺もいて。最初の消えてしまいそうな薫を知っているから、怒ってても何でもいいから自分の言葉で意見してくる薫の姿に俺は満足する。
俺が守ってやらなきゃと思っていた子供のころから、俺の根本は変わっていない。
薫を離したくない。目の届く範囲にいないと嫌だ。そして俺のことを見て欲しい。
この執着心に肉欲が追加されて恋となったのは、つい最近になってからだ。だから俺は今日も馬鹿なわがままを言っては、薫の溜め息の回数を増やしている。



―――――その年の秋のことだった。
「どうして旦那様はあの子にああも目をかけるのかしらね」
勉強の息抜きという名目で庭に飛び出すと、ガサガサと箒を動かしながら女達がお喋りをしていた。いかにも噂好きのおばちゃんって感じだな。見つかったら面倒そうだからとっとと離れよう。俺は慌てて近くの木陰に隠れて、離れようとしたのだが。
「あの子って?」
「ほら、おぼっちゃまの教育係の……」
「ああ、薫くんね」
薫の名に、体がぴたりと動きを止める。薫は来た当初は使用人たちに同情と好奇心に満ちた目で見られていたけど、最近では落ち付いたと思っていたのに、まだ下らないことを言う奴らがいるのか。俺はこっそりと耳をそばだてる。
「あら、知らないの?あの子のお母さんはね、旦那様の愛人だったのよ」

(は?)

「なんでもね、旦那様と薫くんのお母さんは同じ大学の出身で。交際していたけれど、反対されて結婚には至らなくて。けれどお互いに好きだったから、お互いに別の相手と結婚した後も隠れて何度も会っていたみたい。
それに旦那様はね、薫くんを助けたときに薫くんの名前を聞いて、君はもしかしてあの人の息子じゃないのかと目の色を変えたそうよ。もしかして薫くんが自分の子供だと知っていたからではないのかしら」
「えー、本当に?」
「噂だし全部本当かはわからないけど。でも、火の無いところに煙は立たないとも言うでしょう?」
おばちゃん達がけらけらと笑う。

(薫は親父の息子?…つーことは、薫は俺の、きょうだい?)

パキ、と足元で何かが折れる音がする。どうやら枯れ枝を踏んだらしい。俺は堪らなくなって駆けだしていた。どこでもいいから、ここじゃないどこかに行きたい。
慣れた庭を走って走って、息が切れた頃に誰かと肩がぶつかった。
「龍一郎様、こんなところに居たんですね。また宿題を途中で投げ出して……」
薫だ。
俺が息を切らしているのに気付いた薫は、くりっと目を丸くする。
「どうかしましたか?目が真っ赤ですが」
言われて触れてみた自分の顔は、汗だか何だかでぐしょぐしょだった。もしかして泣いていたのか、俺は?
「なんでもない、……………朝比奈。宿題やるから、戻る」
袖で濡れた顔をぬぐったら、もうこれ以上顔を見られないようにとっとと歩きだした。



そうして俺は大人になる。心はガキの頃で止まったままで。









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続きます…。
2014.1.10 小ネタより移動
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