原稿に追われている修羅場中には最後までしない、というのがなんとなく俺たちの間のルールになっている。 初めての時には無理矢理だったこと、その後原稿を落としかけて、なんとか原稿は上がったものの俺が熱を出して倒れたことを、口には出さないけれどやはりトリは未だに気にしているのだろう。只今絶賛原稿中の今夜もそのパターンで、久しぶりにそういう雰囲気になってベッドに縺れ込んだものの、お互いを高め合ってそれでお終い。 白で汚れた自分の両手を石鹸でザバザバと洗い流しながら、洗面所の鏡に映った姿をちらりと覗く。さっきまで一緒に息を荒くしていた筈の男は、今は涼しい顔をして洗濯物を畳んでいる。 ―――――こういうとき、中途半端に残った理性と高揚感のせいで、めちゃくちゃ気まずいと感じているのは俺だけなのだろうか。 そう考えると何だか癪だったので、俺も鏡の前でいつも通りの顔を作ってから、濡れた手をタオルで拭った。 「料理の作り置きは冷蔵庫の中のタッパーに入っているから。米が炊けたら、炊飯器の保温は切っておけよ」 「…サンキュー」 乾いた服をテキパキと畳みながら母親のような忠告をしてくるので、有り難いやら申し訳ないやらで何とも言えない。 せめて畳まれた服をタンスに仕舞うくらいは手伝おうか。そう思って手を差し出すと、切れ長の目がこちらを向いてカチリと視線が絡まった。 「…………?」 妙な沈黙の間が空く。訝しく思い首を傾ければ、トリは少し眉を動かして、口角を上げた。 何なんだ、一体。 山積みの洗濯物を全て畳み終えたトリは、ほら、とその山だったものを押し付けてくる。それを受け取る際、すっと耳元に顔を寄せられた。耳朶を撫でた吐息がどうにもこそばゆい。 「物足りなかったって顔してるな」 「…………」 物足りない?誰が、何を? ―――トリの言わんとすることを察するのにかかったのは数秒で、それから頭に血が昇ったのは一瞬だった。 「……は、はああっ!!?な、何言ってるんだお前は!」 「事実だろう。そんなわかりやすい顔をしておいて、自覚が無かったのか」 珍しくくつくつと笑うトリに強く意義を唱えられないのは、認めたくないが図星だったせいもある。俺がぐぬぬと唇を噛んでいると、またうっかりトリと目が合った。 ……ああ、もうっ。お前も相当わかりやすい顔してるっての。 トリの鳶色の眼は、いつもキスをするときと同じく妖しく光っていた。 「原稿終わったら最後までするから、覚悟しとけ」 「――――――ッ!!」 言いたいことを言ったトリは、原稿頑張れよとお決まりの台詞も付け加えて、さっさと帰っていった。あいつは絶対調子に乗っている。 バタンと玄関のドアが閉まる音が聞こえると洗濯物を掴む手の力が緩んでしまい、殆どを床にぶちまけてしまった。 トリが畳んだのに、俺が広げたもの。 そこここに散乱したTシャツやら靴下を、俺は全部拾って畳み直さなくてはいけないのか。…うう、めんどくさい。 床に落ちたTシャツを一掴み。洗ったばかりなので、染みひとつ無い綺麗なものである。 「………むかつく」 文句も熱も持て余しっぱなしじゃないか。 一人だけになった部屋の中で、満たされない欲求不満を落ち着けようと息を吸った。 2013.5.23 |