そして通り過ぎていく | ナノ

それなりに高さのある木に素早く登り、飛び降りる。前足から綺麗に着地出来れば成功という、ただそれだけの無為な遊び。
だけど僕は、地面に降りるまでの空に浮いたような感覚が好きで、たまに外に出るとこうして木に登っては飛び降りるという行為を繰り返す。
前の飼い主と一緒に住んでいたシコクのカガワとかいうところには、この遊びに適した木が沢山生えていたけれど、現在僕が寝起きをしている四角い家の寄せ集めの周りには、申し訳程度の木々と花しか生えていない。
だから僕は手頃な木を見つけた時にはいつも、この遊びに興じることにしているのだ。この土地で暮らしていくことに不満はないけれど、こうして木の上から狭い空を眺めていると、川と平野の広がるシコクが少し懐かしい。
砂を散らし、危なげなく着地する。さて、もう一度登ってみようかと先程自分が降りた木を見上げたところで、誰かの視線が刺さるのを感じた。
振り返ると、人間の男が一人、朝日の当たった水面のように目を輝かせてこちらを見ている。男は痩身で、年はマサムネやヨコザワと同じくらいだろうか。小作りの顔の中で瞳がやたらに大きく、零れんばかりに開かれていた。
ずんずんと細い足を大股に動かして距離を詰めてきた男は、かがみこんで僕の顔を覗きこむ。一体なんなんだ、この人間。一瞬逃げようかとは思ったが、男の顔は近所の子供と同じく無垢なものだったので踏みとどまる。それに、僕の着地を見てこんな羨望の眼差しを向けてくるのに悪い気はしない。
そのままじっと動かないでいると、男がそろそろと手を伸ばしてきた。小枝のような指で喉の下を撫でられると、くすぐったくて気持ちいい。喉を鳴らすと、男がうわあ、とよくわからない声を上げた。寒くもないのに、何故かぶるりと肩を震わせている。
「吉野、勝手にふらふら歩くな」
突然、男の後ろの方から声がかけられた。
現れたのは、もう一人の人間の男。タカフミがよくひよの父親のキリシマにするような、呆れた表情をしている。
……その男の登場に気を取られた僕は、ヨシノと呼ばれた目の前の男が、僕の脇腹の辺りをガッと掴んできたのをかわせなかった。
立ち上がったヨシノは、自分の目線の辺りまで僕を持ち上げてみせる。
「トリ!見ろ、ネコ!!」
僕からは見えないけれど、きっとヨシノは喜色満面の笑みを浮かべているのだろう。その証拠に、後から現れた男の表情が、ほんのすこーし緩んでいる。……ヨシノはそれに気付いた様子はないが。
「かわいーかわいーかわいーな!!なあなあ俺、ネコ飼いた…」
「お前には無理」
はっきりと言ってのけたトリに、ヨシノは「えー」と大げさな声を出す。
「無理ってなんだよー」
「自己管理能力のない奴に、生き物を飼う資格はない」
「う……っ」
ヨシノは僕を抱え込んで、ごにょごにょと言葉にならない言葉を言う。人間はせっかく言葉が使えても、こうして口をもごもごさせるだけでは何を考えているのか伝わらないのだとマサムネやヨコザワを見て知っているが、トリはヨシノのこの仕草だけでヨシノが何を言いたいかわかったらしい。
ふっと笑みをこぼしたトリは、さっき僕がヨシノにされたみたいに、手を伸ばす。トリの手は僕の頭の上を通過し、ヨシノの頭の上に着地する。ぴんぴんと跳ねたヨシノの頭の毛を撫でつける仕草が心地よさそうで、ちょっぴり羨ましい。
「………な、なんだよ、急に」
「…………いや……。お前は動物と大差ないなと思って」
「は?」
「本能に忠実というか」
「誰が本能に忠実だ!」
「お前だろ」
トリの手がヨシノから離れて、今度は僕の頭を撫でる。不器用なようでいて、かゆいところを的確にくすぐってくる、器用な動きだ。
「吉野、このネコ、首輪してないか」
「え……?あ、ホントだ。どっかの飼い猫だったんだな」
トリは僕の首輪の鈴に触れ、リン、と鳴らす。鈴の音がうるさ過ぎない、ひよ手作りの僕のお気に入りの首輪だけれど、そのお気に入りの首輪に気安く触れられるのは気に入らない。
身動きをして、ヨシノの腕から逃げ出した。
「あっ」
ヨシノとトリが驚いているのを尻目に、さっき登った木の横を通り、植木の下を走り抜ける。小枝を踏み、石ころを飛び越え。そして辿り着いたのは、ぽっかりと開いた地面。
そこには、僕の大好きな女の子がいた。
「あっ、ソラちゃんだ。どこ行ってたの?」
―――そうだ、僕はひよと、近所のコウエンとやらにお出かけに来たのだった。
「もう帰ろっか。さっきパパからメールがあって、ちょっと早いけど、もうお夕飯出来てるんだって」
ひよは僕を抱き上げて歩き出す。ひよの身体は温かくて、途端に眠くなってしまった。
目を細める現金な僕に、ひよが「ソラちゃん、眠たいの?」と聞いてくるので、ふにゃーと気の抜けた返事をする。
「もう、ソラちゃんったら」
ひよがクスリと笑う。ひよにつられて僕も笑いたくなる。…ああ、さっきのトリもこんな気持ちだったのかな。
愛しくて、何だかくすぐったい。
むず痒さを紛らわせるべく温かい腕にすり寄って、僕は目を細めた。











猫の日なので、猫視点にトライしてみたくて。千秋の場合4巻あとがきページからの妄想でした。千秋がどこからソラ太借りてきたのか気になる…。
2013.2.22
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