※千秋が女の子だったら…という設定です 俺には同い年の幼なじみが一人いる。名前は、吉野千秋。 彼女はあまり女らしくはないあっけらかんとした性格に反して、昔からロマンチックな少女漫画の類が大好きで、将来の夢も少女漫画家だと宣言している。 そんな吉野は、お気に入りのコミックスを開いては、いつも同じ台詞を言う。 「あーあ、私もこんな恋がしてみたいなあ」 今日の授業中にも、つい最近連載が終了したコミックスを隠して読みふけり、チャイムが鳴ると同時に満足げにこう言っていた。…なんだか見ていて頭が痛くなってきた。 さっき吉野が漫画のクライマックスで目を潤ませていた時、教師は『ここ、試験に出るぞ』とくどくど言っていたのだけど。来週からテストだというのに、なんで授業中に漫画なんか読んでいるんだ。 よっぽど忠言してやろうかとも思ったが、テスト直前に泣きを見るのは吉野の自業自得なので、腹いせの意も込めて黙っておこう。 ―――しかし、それでも苛々する。さながら恋に恋してるみたく、うっとりと目を閉じた幼なじみに、自分には似合わないけれど舌打ちをしたくなった。 ……その理由は、俺が彼女に恋をしているからであって。 「またその漫画読んでんの?飽きないなあ、千秋は」 突然いけすかない声が一つ、耳の内に転がってくる。 隣の席からひょいと吉野の漫画を覗きこんだのは、柳瀬優という男。彼は中学の時この町に越してきて以来、何かとこうして吉野にまとわりつく。 「だって面白いんだもん。しょうがないじゃん」 「…確かに、千秋は本当にしょうがない奴だよな」 何故か得意げな吉野にくすりと笑った柳瀬は、少し離れたところでぼうっと見ている俺に気付いて、今度は悪戯っぽく笑いながら吉野の肩に手を添えた。 「あ、千秋、ストップ。枝毛見つけた」 「えっ、マジで?どこどこ?」 「すぐ切ってやるから、動くなよ」 吉野の少し跳ねた髪に、柳瀬が容易く触れる。指で軽く梳いて、感触を味わうみたく毛先を弄んだところまで見て、駄目だった。 つい二人のところまで駆け寄り、悪戯に動いていた柳瀬の手首を掴み上げると、柳瀬はじろりと睨んでくる。口元だけはまだ笑ったままだから、確信犯だ。 「何すんだよ、羽鳥」 「……………」 吉野の頭上で暫く無言で睨み合っていたら、やがて吉野がことりと首を傾ける。 「あの…枝毛は…?」 「ああ、やっぱり見間違いだったわ」 「そう?じゃあ、いいや」 再びコミックスを開いた吉野に気を削がれて柳瀬の手を離すと、柳瀬は忌々しげにフンッと鼻を鳴らした。 吉野はニコニコと言う。 「二人とも、相変わらず仲が良いなあ」 柳瀬とはほぼ毎日こんな小競り合いをしているのだが、吉野は仲の良さの裏返しと思っているらしく、あまり気にとめはしない。 …それで良いのやら、悪いのやら。 消化不良の苛立ちは未だに胸でくすぶっていて、チャイムが鳴って次の授業になっても、気持ちは簡単に切り替わりはしなかった。 幼なじみである吉野千秋に対する感情に、単なる好意ではなく恋愛の気色も含まれていると気付いたのは、中学一年のときだった。 その時はまだ背丈もそう変わらなかった吉野を、良いところも知っているけど駄目なところもだらしないところも沢山知っている吉野を…まさか好きだって? 俺にとっては青天の霹靂みたいな事実だった。 しかし、気安い幼なじみであり、これからもずっと性別を超えた親友だ、と笑顔で言う吉野を見ていると、吉野をそういう目で見ている自分がひどく邪な人間に思えて、とても打ち明けられず。 悶々と欲求不満を蓄積し続けては、もう五年目になる。 そんな俺の気も知らず、今日も吉野は少女漫画を読んでは、絵に描いた恋に恋をする。理想の恋に憧れはしても、すぐ近くの俺の感情にはいっかな気付かない。 それでいい、吉野に悟られないように振る舞ってきたのは俺なのだから。今の吉野が好きだから、どうかこれからも何も知らないままで日々を過ごして欲しい。 なのに、時折無償にやるせなくなるのは、今のままでは俺が報われることは決してないからだ。 「はあ……」 放課後になり、家に帰り着いて、自室のドアを閉めてから、堪えていた溜め息をやっと一つ零す。カバンを机の上に置いて、ブレザーの上着を脱いだら、ベッドにどさりと倒れ込んだ。 慣れた布団の感触に、吸い寄せられるように目を閉じる。最近は気を紛らわせるべくテスト勉強に打ち込んでいたから、自分でも気付かないうちに疲労していたのかもしれない。 まぶたの裏に描かれたのは、今日の吉野の姿。柳瀬があっさり触った髪も、その間から覗いた耳朶も、今の俺には遠い。思う時間が長くなっていくほどに、子供の時みたいに気安く触れられなくなってしまった。ベタベタと馴れ馴れしい柳瀬に苛立ちと羨望がこみ上げてくる。 (俺だって、吉野に触れられたなら…) 例えば今、ここに吉野がいたとして。俺が転がっているベッドに組み敷いたとしようか。 忌々しくも柳瀬が触れていった髪を、柳瀬よりもずっと優しく撫でて。くすぐったそうに笑う吉野に、じゃれるみたいに口付けて。啄ばむようなキスを二三繰り返したら、油断して薄く開いた唇に深く潜り込む。 最初は戸惑っている風だった吉野が、くちゅくちゅと口内を掻き回している内に縋りつくみたいに腕を回してきたら、彼女のブラウスのボタンを外す。服を内からつんと押し上げていた柔らかい胸が少しずつあらわになると、俺の体が一気に熱くなる。 膨らみをやんわりと、次第に強く揉めば吉野が身をよじるから、縫いとめるみたいなキスをまた仕掛けて。合間合間の吐息と嬌声が、泣きたくなるくらいに官能的だ。 左手で胸を弄びながら、右手は下腹部へと降りさせる。白い足の間に手を滑り込ませて、濡れた箇所に指を這わせて、充分に慣らしたらもっと深くに潜り込んでいく。 自分の熱を移しこむように貫いて、揺らして。潤んだ瞳で見上げられれば、天にも昇る心地だ。 ああ、それから、名前を呼んでくれたら嬉しい。 『よしゆき……っ』 つう、と額を伝った汗。荒くなった息。俺の部屋のベッドの上。 だが、まぶたに描いていた光景と違うのは、白く濁った色になった俺の掌であった。 (…………何をやっているんだ、俺は……) 吉野のことを思って欲望を爆ぜさせるのはこれが初めてではないのだが、毎回罪悪感で落ち込んでしまう。だから、こんなことはしたくないのに。 さっさとティッシュで拭き取って、丸めて捨て去りたい空しさと一緒に、ゴミ箱に放り込もうとした。 ―――その時だ。 「トリー、試験範囲教えてーっ」 いきなり勢い良く開いたドア。件の吉野が、通学用のカバンを抱えてずかずかと入ってきた。 …そうだ。そういえば、俺が帰ったときには家に誰もいなかったから、自室の鍵をかけていなかったような…そして吉野はいつもノックもせず勝手に入ってくる。ついでに何故か玄関の合鍵も持っている。 幸い服の方は整えていたので、丸めたティッシュを吉野から見えないようにゴミ箱に捨てた。 「あ、もしかして着替えてたとこだったとか?ごめんごめん」 まだ制服姿の俺を見た吉野が、少しだけ申し訳なさそうな顔になる。そう言う吉野はいつも通りに色気のないTシャツとジーンズだ。 「……いや。テスト範囲なら、そこのカバンの中のクリアファイルに入ってる。…俺は、今日は疲れたんで勉強はしないから、貸してやるよ」 「そう?じゃあ、勝手にとっていくから。見たいドラマがあるから、もう行くね」 「テスト前なのに、のんびりテレビなんか…」 「わかってるって、息抜きだってば」 じゃあね、とひらひら手を振って、吉野は来たときと同様に騒がしく去っていった。 (……………もう嫌だ………) 一人残された部屋で、頭を抱える。なんで俺がこんな思いをしなくてはならないのだろうか。吉野を好きになった俺が悪いのか。 吉野に恋をしていると気付いてから、三度目の秋の出来事だった。 ヤマト様リクエスト『トリチア、先天性女体化。高校時代のトリが千秋でオカズにしている姿』でした。 女体化を書くのは初めてなので、どんな風に書こうかとかなり悩んだのですが、割といつも通りな感じになってしまったのではと思います…。 リクエストを頂かなければ女の子な千秋を書くことはなかったと思うので、兎に角楽しみながら書いたことが伝わっていれば嬉しいです。 でも実は、自分で書いておきながら、羽鳥がちょっと可哀想になってきました(…) リクエストありがとうございました! 2012.10.24 |