2.好きかも、しれない | ナノ
※書店員木佐さん(二十一歳)と少女漫画編集雪名(三十歳)な設定です



あの人が来ると、すぐにわかる。場の空気が変わるのだ。
それまでコミックスコーナーを冷やかしていた女子高生達は、密かに黄色い声を上げる。仕事帰りの息抜きに書店に寄った風の女性は、一日の終わりにいいものを見たとばかりに目元を和らげる。バイトの女の子達は「またあのイケメンさんが来た!」と浮き足立ち、後でこっそり騒いでいる。
二十代半ばと見られるこの男、甘さの抜けた精悍な顔立ちに非の打ち所は露ほどもなく、美しい以外の形容が思い浮かばない。あまりに整った容姿をしているから、こうも視線を集めているのだろう。
…かく言う俺も、目が奪われた内の一人な訳で。
(………男が男に見とれてるって、正直キモいだろうなあ………)
そう思いながらもやめられない。
今日も今日とて、平積みされた本を眺めるその横顔のまつげの長さを見て、俺は小さく感嘆のため息を吐いていた。ああ、今日も文句のつけようがないくらい格好良い。



自分の性的嗜好に気付いたのは、中学生の頃だったと思う。
クラスの奴らが可愛いとか言う女子を見て、確かに可愛いなあと思うものの、周りのようにワクワクとはしない。そのときはその子が好みのタイプではないからだと思ったけれど、どの女の子にもまるで興味は湧かないし、興奮なんて出来ない。
じゃあ俺の好みって、どんな人なんだろうか。自問自答を試みた。
背は高い方がいい。俺より高くていい。俺みたいな子供っぽい顔じゃなくて、シャープな輪郭ですっと通った鼻筋にも憧れる。柔らかくなくても、がっしりとした腕に包まれて、心の内まできゅっと満たされてみたい。
まぶたの裏に描いてみた像は、どうにも女性のそれではない。しかし、自分がその誰かと抱き合うのを想像して、案外しっくりときたのに驚いた。体の芯にじわっと熱が灯ったのには焦った。
(……あれ、俺ってもしかして、男の方がいい…とか?)
気付いてしまったら、もう気付かなかったふりは出来なくて。俺は青春時代のほとんどを自分のセクシャリティとの葛藤に費やすこととなる。

――しかし、齢二十一にもなると、それらの葛藤を隠して開き直ったふりを出来るくらいには成長していた。
ああ、男が好きだとも。男が男を好きで何が悪い。



そんなある日、俺のアルバイト先の書店の常連客に目が止まった。
今まで漠然と思い浮かべていた好みのタイプにカチリとはまる、理想そのものの姿。
それが、あの人。
名前は知らない。買っていく本の内容は少女漫画が大半で、時々BL漫画や少女小説も買う。何を思って彼がこれらの本を買うのかはわからないが、大方、彼女や妹の趣味といったところだろう。あまりに堂々とレジに持ってくるので、そこらでそわそわしている女子高生らは気付く気配はない。
いつもスーツは着ていないし、来店する時間帯も真昼間だったり閉店間際だったりとまちまちだから、会社員ではないのだろう。一体どんな仕事をしているのだろうか。モデルだとしても不思議じゃないよなあ。
あ、近づいてくる。やっぱりすっごい格好良い。俺の頭よりずっと高い位置にある顔も、細身ながらがっしりとしていそうな体も良い。
ぼんやり見とれていること、しばらく。今日の彼は何故か、珍しくも困ったように眉を下げていた。

「あの、会計お願いします」
「うぇっ!?」

そうだった、俺、レジに立ってたんだった。客が商品を持っているのに何もせずボーッとしている店員なんて、お間抜けでしかない。
その証拠に、彼は薄い唇を緩ませてクスリと笑った。
(あ、笑ったの初めて見た…)
どくりと鳴った胸の音を聞かれないよう、しどろもどろでどうにか会計を済ませて(ちなみに今日はサファイア文庫の新刊をお買い上げだった。何なんだ、この人)、釣銭を渡し、ありがとうございましたと言って一礼。
彼は今日も眩いオーラを撒き散らして帰っていった。



(はあ、今日も格好良かった…)
あの人とどうこうなりたいなんて大それたことは思っちゃいない。ただ時々顔がみれて、こうして僅かに幸せな気持ちになれれば、それで充分。
こっそりと浸りながら、さきほど動揺したせいで散らかしたレジ袋を拾っていると、俺と同じくバイトの女の子に後ろから声をかけられた。
「木佐くん、いつもあの人のこと見てるよね」
「!!?」
驚いて机の角に頭をぶつけた。俺と同い年の大学生の女の子は、頭を抱えて呻いている俺を見てクスクスと笑う。今日は笑われてばかりの日だ。
「……気付いてたの?」
「木佐くん、わかりやすいもん。きっとあの人も気付いてるんじゃない?」
「…………はは」
とりあえず乾いた笑いを浮かべて返した俺だったが、内心ショックだ。
(そりゃ気付くか、いつもじろじろ見てたもんなあ…。変な店員って思われてるんだろうな)
レジ袋を片付けて、またこっそりと嘆息する。
(……明日も会えたら嬉しいな)
書店の店員には精いっぱいの望みだった。





「お、雪名じゃねーか」
本屋を出てすぐの横断歩道。さっき購入したばかりの本の入った袋を抱えて信号が青になるのを待っていると、聞き覚えのある声で名を呼ばれた。
振りかえると予想通り、見慣れたスーツの人物が立っている。
「あ、横澤さん。こんばんは。横澤さんも書店に行ってたんですか?」
「ああ。お前は何の本買ったわけ?」
「サファイア文庫の新刊です。サファイアの編集長が俺と同期なんですけど、あいつがヒット作出すと、どうしてもライバル視して気になっちゃって」
「なるほどなあ。わからんでもないけど、お前がサファイア文庫とか買ったら店員は驚いてただろう」
「そうでもないですけど」
同じ丸川の営業である横澤さんとは、時々飲みに行ったりもする気安い間柄だ。俺の所属する少女漫画誌エメラルド編集部の部長の高野さんと横澤さんが友人ということもあり、しょっちゅう顔を合わせている。
「…つーか、雪名」
「?」
「お前、今日、なんか機嫌良いな。オーラ二割ぐらい増してるぞ」
こちらは何故か不機嫌そうな横澤さんに言われて、自分の頬に手を当ててみる。なるほど確かに緩みっぱなしだ。
「往来でニヤニヤしてんなよ。なんかいいことでもあったとかか?」
「うーん、というか、面白い子に会ったんです」

いつもあの店に行くたびに、こちらを見つめている店員。幼い顔は中学生くらいにも見えるけれど、書店でアルバイトをしているということは高校生か。
じっと見つめてくる熱い眼差しに気付くのに時間はかからなくて、男に惚れられる経験はなかったから最初は戸惑ったものの、そのうち時々彼の顔を見なくては落ち着かないまでになった。
彼は気付いているのかわからないが、彼がレジに立っている時には彼のところに並ぶようにしている。大きな目をきょろきょろさせて、顔を赤くしながら急いでレジを打つ彼の仕草は愛嬌があって、どこかこそばゆい。

「すっごく可愛いんですよ、その子。俺、その子のこと最近ちょっと気になってるんですけど…」
「ふーん。お前、腹立つくらいに良い笑顔だな」
「えー、横澤さん、それちょっと酷い」
「褒めてるよ」

青に変わった信号を合図に、歩き出した横澤さんを追って俺も足を前に出す。
明日も来れたらここに来ようかな。また、あの子に会えるかもしれないし。











ちょっとフライングですしお祝いっぽくない内容ですが、雪名くんお誕生日おめでとう!

『好きかも、しれない』
(お題配布元 確かに恋だった様)
2012.09.05
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