スポーツ(?)の秋 | ナノ
よく晴れた、とある秋の日曜日。
俺の恋人である木佐さんが、今の所は持ち帰りの仕事も作家との打ち合わせもなく、この日は暇なのだと言ったのが数日前の夜のこと。
俺は、もともと日曜日は大学はないけれど夕方からバイトの予定だったのだが、バイト先の友人に頼んでシフトを交代して貰った。

『いつも忙しい恋人が、この日は空いているみたいだから。一分一秒でも長く一緒にいたい』

「お前って、恥ずかしい台詞を当たり前みたいに言えて、しかもそれが恐ろしい位に似合う奴だよな…」と何故か感心しながらも快く了承してくれた友人のお蔭で、今日一日恋人と一緒にいる権利を獲得出来たのだった。
一緒に昼食を作って、本を読んだり、たわいない話をしたり。そんな風に二人でゆったりと午後のひとときを過ごしていたら、俺の年上の恋人が突然、ぽつりと言った。


「………俺、最近、運動不足かもしれない」


「そうですか?」
俺が問うと木佐さんは、小さくこくりと頷いた。
「こないだ会社で急いでた時に、エレベーターがなかなか来なかったんだ。待ってる時間が惜しくて編集部のある階まで階段を走って登ったんだけど、三日後に筋肉痛になっちゃって。学生の頃は階段とか全然余裕だったのにさ…」
「ああ、この間のあれですね」
実は、筋肉痛で辛そうにしている姿が激しい情事の翌日の木佐さんの姿に重なってしまい、木佐さんをそんな姿にした丸川書店の階段に嫉妬をしてしまったから記憶に残っている。我ながらあまりにも子供っぽい独占欲だと思うから口には出さないが。
「あの時に、やっぱり運動不足だって思ってさ。俺の仕事は基本デスクワークが多いし、普段から何か体動かすようにした方がいいかなって。俺ももういい年だし」
もういい年だとは言うが、木佐さんの顔は実際の年齢よりもずっと若く見える。俺も免許証を確認したのに未だに三十代には思えないのだが、本人からすれば年齢を実感することはあるのかもしれない。
「じゃあ、次にお休みが合った時は、どこかにスポーツをしに行きませんか?俺、球技とか結構好きなんですよ。テニスとか卓球とか」
「………テニスの王子様…っ」
俺の言葉を聞いた木佐さんが、いきなり吹き出した。笑い出したいのを堪えているのか、肩を震わせて、目尻には涙が浮かんでいる。
「…それ、俺がテニスする度に友達に言われるんすけどね…。何でなんですかねー、普通にテニスしてるだけなのに」
「何でって、そりゃ…」
木佐さんはごにょごにょと何か呟いていたが、口にしづらそうだったので深く追及しないでおいた。
「じゃあ、次のお休みの予定はスポーツってことでいいですよね?楽しみにしてます」
俺が笑って言えば、木佐さんは何か考えているようだった。
「…いや、待った。やっぱり止めとこうかな」
「えっ、何でですか!?」
木佐さんとスポーツなんて初めてだから、楽しみにしていたのに。何か気乗りしない理由でもあるのか。
「お前の方が手足がずっと長いから。俺の方がリーチ短いし、圧倒的に不利な気がする…」
「勝敗とか気にせず、楽しんでやればいいじゃないですか」
大きな瞳でじいっと俺の腕や足を見て真剣に考え込む木佐さんに、俺は苦笑をした。


「……まあ、そんな訳でさ。俺、最近、運動不足なんだよ」
「?…はい」
改めて言う程のことでもないのでは、と思ったが、相づちを打つ。
「前まではよく運動不足だと思うことがあったんだけど、最近はそう感じることが少なくなってたんだ。でも、この間の階段で、また思って。で、なんでかなと思ってみたらさ…、」
途中で言葉を切った木佐さんは、小さな声で続ける。

「………………そう言えば、お前と出会ってからは運動不足にはなってなかったんだけど、ここ暫くはお前としてないなと思って、その………」

…ああ、足りないのは運動ではなくて、本当は。
「運動って言い方はヒドいですよ」
出来るだけ不満そうに言ったつもりだけど、今、俺の顔はとろけそうになっているのが分かる。きっとずるずるに緩んだ顔をしてしまっているに違いない。
下手くそな誘い文句を言った恋人の顔を覗きこめば、こちらは羞恥で溶けそうな顔をしていた。そんな恋人の様子が可笑しくて愛しくて、ついばむ様にキスをした。



スポーツの秋




―――結局、この秋には一緒にスポーツをしそびれた。








2011.09.11~12.01
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