恋と病 | ナノ

高律(嵯峨律)で、WORKING!!の小鳥遊×伊波パロを考えていたら止まらなくなったので書いてみたものの、書いてるうちにどんどんかけ離れていったものでした。

※単に律っちゃんに高野さんを殴らせたかった、ただそれだけの小ネタです…セカコイで律が嵯峨先輩に華麗な回し蹴りを決めるのを見れるのはいつですか
※他キャラのキャスティングは、とても何となくなフィーリングです
※色々と、ひどいです




星が、ちかりと瞬いた。
ああ、殴られたのだなと気付く。油断していたので歯を食いしばることも出来ず、舌を噛んだせいで鉄の味がじわりと滲んだ。
口内に血が溶けきる前に、もう一度やってくる衝撃。彼の二発目の拳は、今度は頬ではなく、顔の中心に近いところに当たる。ぽたりと床に落ちた赤黒い液体に、俺の胸ぐらを掴む彼は目元を一層滲ませたけど、それでも拳は止まらなかった。
三発目、四発目、そして五発目、ああ、カウントが面倒になってきた。
ガンガンと拳を繰り出しながら、泣きそうな顔で小野寺が言うには、

「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!俺だって嵯峨先輩を殴りたくはないんですっ。なのに、嵯峨先輩がこんなところにいるから、俺、びっくりしちゃって…。ああっ、もう、本当にごめんなさい…っ!!」

…因みにこの台詞を言い終えるまでの間に、小野寺の拳が俺の顔にヒットした回数は、両手の指で数えるには優に足りない。

「…ちょっ、律っちゃん!?嵯峨くん鼻血出てるから!謝りながら殴るのやめたげて!!」

たまたま通りかかった木佐先輩が制止をかけるまで数分、俺の顔が赤く腫れ上がるのには十分な時間であった。


家族で和やかな会話がされたことなど、ここ数年記憶にない。お互いに仕事が忙しくて滅多に顔を合わせないくせに、たまに合えば口喧嘩と詮無い文句ばかり。俺の両親の夫婦仲はすっかり冷え切っていた。
別れたいなら、とっとと別れればいいのに。だが、彼らを繋ぐ世間体と経済的理由という二本の糸は、案外太かったらしい。二人とも離婚という二字を頭に描きながらも、なかなか切り出そうとしない。
そんな家に居ると、いつも息が詰まりそうだった。親が居るときも、家にたった一人きりの時も、切れそうで切れない糸の上に立ち続けることに限界を感じた。
――そうだ、ならばせめて家に居る時間を減らそう。離別を待つだけの家にいるよりは、適当なアルバイトでもして金でも稼ごうか。大学からは一人暮らしをするつもりだし、先立つものはあった方がいい。
そう思い立った俺は、高校にほど近いファミリーレストランでアルバイトを始めることにした。

多少変わり者の店員ばかりだったが、皆あまりしつこくプライベートの詮索をしてこない点では、このバイトは気に入っていた。店長の桐嶋さんは「言いたくないのならば言わなくていい」という主義だし、一見騒がしくて人懐っこい木佐先輩も、家族の話だとかには必要以上に踏み込まない了見は持っている。
料理を運び、勘定をし、客を迎えて、見送る。繁盛している時は目の回るような忙しさだったけど、それなりに平穏に働けていた。
―――――あいつ…小野寺が来るまでは。

店長の命で新しいアルバイトを探すことになった木佐先輩――俺の通っている高校の卒業生らしいので、何となく先輩と呼んでいる――が連れてきたのが、小野寺だった。店の前を下校していた彼を無理やり捕まえて、首を縦に振らせたらしい。大人しそうな外見をしているし、よく言うことを聞きそうだったから…という木佐先輩の打算もあったようだ。
だが、あろうことか小野寺は勤務初日で、木佐先輩の第一印象を裏返す問題を起こした。

…それは、俺が休憩室で初めて小野寺と顔を合わせた時のこと。
『嵯峨くん。この子、新しく入った小野寺くんだから、よろしくね』
木佐先輩が小野寺の両肩を持って、ずいっと前に押し出した。
そうか、新しいバイトが増えたのか。俺はその程度にしか思っていなかったのだが、小野寺と言えば目をまん丸にして大層まごついていた。
『さっ、嵯峨先輩…っ!!』
『?…お前、なんで俺の、』
お前、なんで俺の名前を知ってんの?
最後まで言い切ることは叶わなかった。頭の中がぐわんと揺れて、歯がガチリと鳴る。体がどさりと床に落ちて、さっきの大人しげな新人が己の拳を見つめて息を荒くしていた。
挨拶代わりに殴られる、という理不尽な経験をしたのは初めてだった。
『えっ、律っちゃん!!?なんで!?』
『…ごっ、ごめ…』
小野寺のまぶたが震えて、大粒の涙が目尻に溜まっていく。
『ごめんなさいーーっ!!!』
バキリという鈍い音が部屋に響く。…謝罪ついでにもう一発殴られるという経験も初めてだ。

どうやら小野寺には、過度の緊張状態に陥ると、その対象を排除しようとする性癖があるらしい。その方法は、殴る、蹴る、張り倒すなど、およそ穏やかでない暴力だ。
自分でも直そうと努力してはいるものの、頭で考えるよりも先に拳が出る…とは、本人の談。子犬のように害悪のなさそうな顔をしているくせに、教師を殴って退学になりかけたこともあるらしい。
俺の名前を知っていたのは、俺と同じ高校に通っていて、何度か見かけたことがあるからだそうだ。自分も読書が好きだから、図書館でよく俺の顔を見て、覚えていたのだと。そういえば、このアルバイトを始める前は、放課後は図書館に入り浸っていた。
途切れ途切れに事情を説明する小野寺がまた拳を握りしめていたので、俺は数歩後ずさった。また殴られたら立ち上がれるほどの体力は残っていない。
「ごめんなさい…」
しゅんと項垂れた小野寺のつむじと、俺との距離は約五メートル。涙目で肩を落とされてはまるで俺が苛めたみたいだが、先程まで容赦なくサンドバッグにされていた俺としては全く附に落ちなかった。

(一体なんなんだ、こいつ…。訳わかんねー)

その第一印象は、未だに変わることはない。



『ちょっと早いけど、嵯峨くん、休憩入ろうか』
接客時は完璧な笑顔を絶やさない木佐先輩が、顔をひきつらせながらそう言うので、今の俺は多分かなり酷い顔をしているに違いない。ひりひりする頬を撫でて、溜め息を吐いた。
暫くして、休憩室に羽鳥さんと雪名さんがやってきた。二人ともこれから休憩らしく、俺の向かいに並んで腰掛ける。
雪名さんが、座るなり俺の目の前に何やら差し出す。
「嵯峨くん、これ、氷。木佐さんが持っていってやれって」
受け取ると、痛みで火照った箇所に染みるくらいひやりとした。
「ありがとうございます…」
「後で木佐さんにも言ってね」
彼がにっこりと笑うのがあまりにも様になっていて、なんで雪名さんはフロアではなくキッチンを志望したのだろうか…と思った。雪名さんはパッと目を引く華やかで整った外見をしていて、コックを意識した安っぽい制服がまるで似合っていない。安っぽい制服という点では共通だけれど、せめてフロアの制服でその笑顔を振りまけば、客数がぐんと増えるだろうに。
でも、それを言うなれば雪名さんの隣に座る羽鳥さんもか。雪名さんほど人目は引かないものの、彼の低く落ち着いた声と切れ長の目にぼうっとしない女はなかなか居ないと、木佐先輩が話していた。羽鳥や雪名につい見とれちゃう女の子ばかりだから、いつの間にかこのファミレス男ばっかりで構成されてるんだよねー…と漏らしていた。
…確かに、顔の良い異性と対面するというのは緊張を強いられるもので、それが原因でミスをしてしまうのもおかしくはないのか……


―――――……緊張…?
………ミス………?


「………あの、俺、思うんですけど」
「?」
「なんでいつも、俺ばかりがあいつに殴られなきゃいけないんでしょうか。小野寺が俺以外の奴…雪名さんや羽鳥さんを殴ってるところ、見たことないんですけど。
俺、別にあいつに緊張を強いるようなことした覚え無いし。むしろ、あいつは単に俺を殴りたいだけなんじゃないかとすら思うんですけど」

『あー…』

雪名さんと羽鳥さんが、困ったように顔を見合わせる。雪名さんに至っては、苦笑が隠せていない。
「…………まあ、小野寺のあれは病気だからな」
「そうそう、病気ですから」
理由になっていない気がしたが、これ以上聞いてくれるなとばかりに煙草に手を伸ばした羽鳥さんと、携帯電話をいじりだした雪名さんは、教えてくれはしなかった。





「木佐さんー、今日、嵯峨くんが『なんでいつも俺ばかり殴られるのか』って言ってましたよ」
閉店後の店内。既に私服に着替え終わった雪名と木佐は、店内の戸締まりをして回っているところだ。眉を下げて笑う雪名は、薄暗い店内だというのに木佐には眩い。
「そんなの、律っちゃんが嵯峨くん好き過ぎるあまり、緊張しまくってるからでしょ」
「ですよねー。律っちゃんも、好きな人をどうしてもボコっちゃうなんて、難儀な子ですよねえ」
ぱちりと最後の電気を消す。非常灯から漏れる僅かな明かりを頼りに、雪名が木佐を引き寄せた。
「好きな人を傷付けるのは、きっと辛いでしょうに」
「………………」
はあ、と溜め息を吐いた木佐が、雪名を振り払う。従業員用出口の鉄扉を勢い良く開けた。
「店ん中でそういうのヤダっつっただろ」
「えー、じゃあ、いつなら良いんですか」
「………今日、うちに来るか?明日、俺、遅番だから。泊まっていっても良いけど」
振り返りざまの木佐の台詞に、雪名が「はい!」と元気よく返事をした。

「それにしても…あの二人、もう少し穏やかな関係になれたら良いんですけどね」
「んー、俺としても、温かく見守ってるんだけどな」
鉄扉の鍵を閉める。これで後は帰るのみ。
「嵯峨くんがMに目覚めるのを!」
「…あの…、二人がうまくいくのを、じゃないんですか?」
「だって俺、嵯峨くんってMっ気あると思うんだよね〜」





―――厄介なことに、小野寺の病の名が恋であると気付いたのは、実に不本意ながら俺も同じ病に落ちてしまった後だったりする。










2012.07.11 小ネタより移動