大なり小なり | ナノ

雪木佐で、もしも二人がお隣さんだったら…な小話です。
木佐お兄ちゃんと子供雪名。





「おきてください、きささーん!」
甲高い声に、キンと耳鳴りが通り抜ける。その後、腹部に強い衝撃。
先ほどまで居た夢の世界から強制送還された俺は、嫌々ながら渋々目を開く。するとどうだ、まるで夢の中みたいに出来過ぎた外見をした子供が、ぷっくりと頬を膨らませた。
「おべんとう、つくってくれるっていったじゃないですか」
天使のような顔をして人の腹にのしかかり、七面倒くさいことを言うこいつは、雪名皇。俺の家の隣、雪名家の次男坊である。

木佐家と雪名家は、親同士が親しく、俺がまだ物心つく前から親交があったらしい。だから両家の子供達が仲良くなるのも必然で。俺は一人っ子だけどれど、雪名の兄と皇と三人で兄弟みたいに育った。
皇はこの春、幼稚園の年長になったばかりだ。目に映るもの全てが玩具みたいな、好奇心旺盛な年頃。面白そうな遊びだとか、楽しそうな友達だとか、色々なことに関心を向けるべき時期だろうに、皇は何故かこのところ俺にべったりとひっついていた。朝は朝食の前に隣家の俺の部屋にこうして忍び込み、夜はおやすみを言うためにまた俺の部屋に忍び込む。皇の実の兄は、自分よりも隣家の俺に懐いていることに苦笑していたが、皇は薄い胸を張って言う。

「だっておれ、きささんがだいすきなんだもん」

因みに皇は、何故か俺のことを『きささん』と呼ぶ。彼曰わく「したのなまえでよぶまでには、ちゃんとだんかいをふまなくちゃなんです」とのこと。使いにくそうな、たどたどしい敬語もその『だんかいをふむ』為に必須のものらしい。…全く、子供の理屈というのはよく分からない。


昨日は深夜までDVDを見ていたから眠いのにさ。先ほど皇にのしかかられた腹をさすりながら文句を言うも、夜九時に寝る良い子ちゃんには「おそくまでおきているのがわるいんです」と咎められ。欠伸をかみ殺しながら、皇と一緒にキッチンへと降り立った。
素直に従ったのは、昨日『おべんとう』を作る約束をしたことを覚えているからだ。昨日の夜『きささんとはなれたくない』と帰る間際ぐずった皇に、『そうだ、明日、弁当作ってやるから。だから今日は大人しく帰れ』と言ったのだ。俺は料理はさして上手くない上に滅多にしないけれど、以前朝食を作ってやった時、皇がとても喜んでいたのを思い出したから。
ぴょこりと肩を跳ねさせた皇が『やくそくですよ』と小指を出してきたのを、可愛いな、なんて思ったのは昨日のこと。今は、普段の俺ならまだ夢の中である時刻と、未だにじんじんする腹のせいで、少しばかり小憎たらしい。


キッチンには先客が二人居た。一人は味噌汁をかき混ぜる、我が母。そしてもう一人は、
「おはよ、翔太」
「……なんでお前、ここに居るの」
にっこりと笑う顔は、差し込む朝日にも劣らない。皇はよく天使と評されるくらい愛らしい外見の子供だけど、皇の兄である彼も相当な美形だ。
「母さんが昨日、米炊き忘れててさ。俺、これから朝練なんだけど、食糧無いと昼休みまで保たないし。だから木佐家におにぎり作らせて貰いに来たんだ」
「……お前なあ…」
「いいのよ、別に。おにぎりくらい、いつだって遠慮なく作ってくれていいんだから」
彼の隣の我が母は、鷹揚に笑う。
しかし、家族ぐるみの付き合いも良いのか悪いのか。こいつといい皇といい、人様の家で図々し過ぎやしないか。おにぎり作らせて貰いに来た、だと。何年も続く深い親交、俺が突っ込みを入れたところで聞かないだろうけど。
「それにしても、翔太が早起きするのって珍しいな。学校行事か何かか?」

「いや?今日は皇に弁当作ってやる約束したからなんだけどさ」
「そうそう、この子ったらいつもは遅刻ギリギリまで寝てるんだから。少しは雪名家の二人を見習って欲しいわ」
母親の小言を聞き流しつつ、手を洗う。あまりに皇が入り浸るので最近うちの食器棚に置かれるようになった、皇用の小さな弁当箱を取り出して、さて何を作ろうかと頭を悩ませる。ウインナーには切れ込みを入れて、卵は上手に焼けないからスクランブルエッグになるのはご愛嬌。そうだ、確か冷凍庫に弁当用の冷凍食品もあった筈…。
すると突然、くん、と上体が軽く引かれた。
「きささん、きささん」
小さな手で俺のTシャツを引っ張る皇は、大きな目でじっと俺を見上げる。
「おれもつくる、おにぎり」
「ん?いいよ。俺も作るかな、自分の朝メシ用に」
幼い皇は炊飯器まで手が届かないので、大皿の上に白米を出してやる。掌の上に塩を一掴み、皇はまるで泥団子でも作るみたいにペタペタと白米をこね出した。普段はピーピーとうるさいのに、皇は一度集中するとだんまりが続く。
小さな手には収まりきらない白い塊を、満足のいくまで転がして。暫くして出来上がったおにぎりは見事に真ん丸で、皿の上でころんと転がった。
「上手く出来たじゃん」
「へへ…」
照れてはにかむ皇の横、同じく米を弄っていた彼の兄もにかりと笑った。
「俺も出来た」
皿の上でころんと転がる米の固まり。兄弟でそっくりのおにぎりは、しかし大きさは一回り違って、まだ頭を乗せる前の雪だるまを彷彿とさせた。
「おにいちゃんの…おっき…ぃ」
皇が何故か悔しそうに言った。隣の兄は、くすくすと可笑しそうに皇を見下ろす。
「当たり前だろ、手の大きさが違うんだから」
ほら、とひらりと振られた兄の掌を見て、皇は何故か目元を潤ませる。その場に居た全員がぎょっとした。
「っ?どうした、お兄ちゃん何かしたか?」
「ちがう」
ぽつりと漏らした。
「……にいちゃんは、ずるいなって。おれもはやく、おにいちゃんより、おおきくなりたいよ…」
拗ねたように唇をアヒルの形にして、焦れったそうに肩をもじもじとさせる。
大きなおにぎりを作れなかったくらいで泣きそうになるなんて、子供だな。まあ、そこが可愛いんだけど。目だけで母や件の兄と頷き合い、自然と苦笑が浮かんだ。
…けれど、小さな体で生意気にも大きいため息を吐いた皇の呟きが、俺には何だか切実な懇願みたいに聞こえた。












こっそり十年後編も妄想していたりするので、いつか続きを書けたら書きたいです…(ぽそり)
2012.07.11 小ネタより移動
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