食欲の秋 | ナノ
「いいか、トリ。俺みたいに年中引きこもって漫画を描いてるような奴には、季節感なんて無きに等しい。
滅多に家の外に出ないものだから、久し振りに外に出てみたら、俺は半袖なのに周りはみんな長袖着てたり…ということも、よくある。………あれは、本当に恥ずかしかった…って、まぁこの話はひとまず置いといて。
例えばさ、世間がバレンタインデー特集号を手にとっている頃には、俺はホワイトデー特集号の原稿を描いている真っ最中で。いざホワイトデーになってみれば、今度はお花見をする主人公のイラストを描いていたりして…俺がリアルタイムで季節を体感する機会なんて、この職業をしている限り殆どないだろ?
そんな俺が季節を実感出来るのは、食卓だと思うんだ。素麺を食べて夏の到来を知り、鍋をつつけば冬の肌寒さに気付く。四季折々の旬の食べ物を一番美味しい時期に食べるという行為は、人間にとって最も贅沢で、素晴らしいことだとすら思うんだ」
「………………つまり何が言いたいんだ、吉野」
「んー、なんか最近さ、秋っぽいものが食べたい気分」

…最初から、そう言え。
珍しく一生懸命に言葉を並べているので、何事かと思って黙って聞いていたのだが…一言で済むんじゃないか。

大きく溜め息を吐いてみせた俺を気にもせず、吉野は「あー、久々に一気に沢山喋って疲れたー」と言って、テーブルの上の飲み物に手を延ばす。
…こいつ、益々ひきこもりっぷりに拍車が掛かっている気がする。外に出るのが嫌という訳ではないものの、用がなければ中々外に出たがらないので、俺の今度の休みの時にでも吉野を家から引っ張り出さなくては…。
「…今日の夕飯の材料はもう買ってしまったから、今度の週末に何か材料を買いに行く。荷物持ちくらいは手伝えよ」
「やったー!栗、サンマ、松茸ー!」
好き勝手なことを言う吉野に釘を刺そうかと思ったものの、こんなことで余りにも無邪気に喜んでいるのを見ると厳しくする気にもなれず、俺はまた一つ溜め息を吐くだけに留めておいた。
近所のスーパーとはいえ、吉野と二人で外出をするのも久々だ。吉野に釣られて少しだけ浮き立つ心を抑えながら、取り敢えず今晩の夕食の下ごしらえをするべく冷蔵庫のドアを開けば、他の食料の間に佇んでいる果実に目が止まった。
「そう言えば作家から梨を貰っていたんだが、夕食の前につまんでおくか?」
「食べる!」

吉野の要望は『何か秋っぽいもの』だったが、梨にも御満悦なようで、俺が皮を剥いていく端から、口の中に放り込んでいく。滴り落ちそうな位にみずみずしい果肉や、ほのかに薫る甘酸っぱい匂いに、俺の食欲も刺激された。
「うまいっ。やっぱり旬の食べ物っていいよなぁ、うん」
「おい、俺の分も残しておけよ」
遠慮なくパクパクと食べている吉野に注意をすれば、吉野はきょとんとして此方を見る。
「トリも食べたらいいじゃんか」
「…俺は今、両手が塞がっているんだが」
右手には果物ナイフ、左手には梨を持っている。ある程度の数の皮を剥いてから俺も食べようと思っていたのだが、この分だと俺が全ての皮を剥き終える頃には梨がなくなってしまいそうだ。
「あ、そっか、ごめん」
吉野は指摘されてから気が付いたようで、少しバツが悪そうに謝罪してきた。そしてまた、手にしていたフォークにさっき切り終えた梨を刺した。言った端からまた食べるのかと思いきや、吉野のフォークは吉野の方ではなく、俺の口元で止まる。

「じゃあ、食べさせてやるよ。ほい、トリ」

吉野からこういった行為をされるのは珍しいから、驚いた。………もしかしてこれは、世間一般的に言う『あーん』というものではないだろうか。
驚きのあまり固まってしまった俺に訝しんだ顔をした吉野だが、暫くしてから自分の今の状況に気付いたらしく、フォークを持ったまま気まずそうにしている。慌ててフォークを引っ込めてしまおうと手を動かしたので、急いで顔を寄せた。
シャリシャリとした食感と共に、梨の甘酸っぱい果汁が口内に広がる。…いや、甘酸っぱいと言うよりは、むしろ…
「………甘いな」
俺がそう漏らせば、今更恥ずかしそうにした吉野が、またフォークに梨を刺して訊ねてきた。
「…もういっこ、食べる?」



食欲の秋




今のうちに味わわなければ、勿体無い。








2011.09.11~12.01
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