盲目的感覚 | ナノ

「お帰りなさい、木佐さん。ご飯にしますか、それともお風呂にしますか?」
帰宅するなり、開口一番これである。鳥肌が立ちそうな位にお決まりの文句を言ってのけた雪名はといえば、何のてらいなくにっこりとエプロン姿で両手を差し出した。カバン持ちますよ、というジェスチャーらしい。
まるでままごとの新婚ごっこみたいで、あまりに気恥ずかしすぎる。つい踵を返したくなったが、「それとも俺?」という究極にむず痒い三択目を言わなかっただけマシか…と、どうにか思い直して、肩にかけたカバンを渡した。
俺の目の前で完璧な笑顔を浮かべるのは、雪名皇。九歳年下の恋人である彼との付き合いは、俺が今まで恋人と付き合ってきた期間の最長を更新し続けている。年も離れてる、なかなか一緒に過ごせる時間が少ない、未だに俺とこいつは住む世界が違うのではとすら思っている。それなのに恋人関係を続けられているのだから、我ながら不思議だ。
――不思議といえば、雪名のこういう行動も俺には少し不思議だったりする。雪名自身も学校の課題やらバイトやらで忙しいだろうに、「木佐さんはお仕事で疲れてますから」と訪れる度に家事をすること。しかもここ最近は、半同棲状態ということもあってほぼ毎日だ。

「だって、これって俺自身の為でもありますし」

雪名が言うには、俺が本来家事に費やすはずだった時間を、自分に回して欲しいのだとか。それは一日の内の僅かな時間でしかないけれど、会える時間の少ない自分達にとっては貴重なものだから。
一秒でも長く木佐さんと一緒に居られるんだったら、家事くらいしますよ。有無を言わさぬ王子様スマイルでそう言われては、俺はもはや頷くしか無く。こうして俺は、仕事を終えて眠りにつくまでの時間の殆どを、ほぼ毎日雪名に捧げることとなる。

「木佐さん。それで、ご飯とお風呂、結局どっちにするんですか?」

……ああ、また他意の無い笑顔でそんなこと言っちゃって。
疲労のせいか、照れのせいか。軽い目眩がしたのを堪えつつも「じゃあ、ご飯で」と答えた。
今日も雪名は何故か元気だ。



雪名がニコニコとテーブルに皿を並べ終えるのを見てから、料理に手をつける。彩り豊かに盛り付けしてある皿に、流石は芸術家といつもながら感心をしつつ口に運ぶ。
食器を洗って、交代で風呂に入って、その後テレビを見ていた筈が、いつの間にやらベッドに沈み込み。お互い生乾きの髪のままだったので、布団はすぐに湿っぽくなる。
疲れていたのに、雪名の切れ長の瞳に吸い寄せられるように、もっとと腕を回す。ああ、内心嫌だと思っていた筈の三択目まで実行してしまった。荒い息を整えながら雪名の顔を見上げると、頬につう、と汗が伝っている。親指の腹で拭ってやると、くすぐったそうに目を細めた。
…ふと、ずっと潜んでいた素朴な疑問が、頭をかすめた。

「……雪名って、なんでいつも笑ってんの?」

書店での接客中、うちで鍋をかき混ぜている時、今こうしている時。接客中は営業スマイルだろうが、俺が見る雪名は、大抵いつも笑ってばかりいる気がする。…だが真面目な話になると、ふっと真顔になったりするところは少し怖いのだけど。
雪名は一瞬だけ切れ長の目を見開いて、またふわりと微笑んだ。
「ああ、俺、思ったことが結構顔に出ちゃう方なんですよね」
それは…普段の雪名を見てたらわかるような、わからないような。
「だから、木佐さんの見る俺がいつも笑っているように思うのは当たり前ですよ。だって俺、木佐さんと居られる時はいつでも嬉しいから」
ほらね、とでも言うように、また笑う。その顔がゆっくり降りてきて、鼻先に触れるようにキスをされた。

やっぱり、いまいちわからない。第一印象では完全無欠だと思っていた王子様が、俺なんかのことで顔を綻ばせているのが。恥ずかしげもなく恥ずかしいことをする、案外どうしようもない側面を持っていることも。

(……まあ、どうしようもないのは俺の方もだけど)

恋をすれば、あばたもえくぼ。雪名の意外な一面すら可愛く思える位には、俺はこいつに惚れ込んでいる訳で。
あばたどころかニキビの跡一つも浮かんでいない顔が、どうにもこうにも愛おしくて、また雪名を抱き寄せた。












ryo-ko様リクエスト「雪木佐で、雪名が木佐さんを好きで好きでどうしようもない話」でした。
甘甘で、ぎゅっと抱きしめるとか、キスをする描写も…とのことでしたので、自分なりに色々詰め込んでみました。雪木佐は、トリチアとは違った方向に甘くなるので、書いていて楽しかったです。
リクエスト有り難う御座いました!
2012.07.09
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