one day | ナノ

水色の絵の具をムラなく塗ったみたいな五月晴れの空に、白い雲が所々ぽつりと佇む。
ぬくぬくと暖かい陽気は春を通り越して初夏の気配すら感じさせるくらいで、暑がりの吉野は家にたどり着いた途端、羽織っていた上着と靴下を脱ぎ捨ててしまった。
「アイス、アイス〜」
そのまま冷蔵庫へと向かうので、外の陽気とは反対に俺はムッとしてしまう。
「服も靴下も脱ぎ散らかすな。あと、外から帰ったら手を洗え」
なんでもう三十の男に、母親が小学生に言うみたいな小言を言わなくちゃいけないんだ…と少々情けなく思いながらも一応注意したが、言われた本人の方はまさしく小学生のように調子の良い返事をした。
「はいはい、分かってるって」
そう言って洗面所に向かい、手を洗ってから再び冷蔵庫へ。カップアイスと、食器棚からスプーンを取り出して、ダイニングテーブルにどかりと座った。
…後半部分しか聞いていない。どちらかというと「服と靴下を脱ぎ散らかすな」と云う苦言の方を聞いて欲しかったのに、綺麗に聞き流されたようだ。大きくため息を吐いた俺は、仕方なくしわくちゃの上着と靴下を拾った。

「そういえばさ、トリ。来週、優と映画行くことになったんだ」

聞き捨てならない言葉に、動きをピタリと止めて吉野を見やる。アイスを一口含んで、冷たいバニラの味にご満喫の様子だ。
「……………柳瀬と?」
「うん、優がこないだ見たいって言ってたやつでさ、ゴールデンウィークに合わせて公開されたばかりで…」
映画の内容にはさして興味はない。だが、吉野が柳瀬と二人きりでどこかに行く。たったそれだけのことが苛ついた。
俺は吉野とプライベートで出かけることは、あまりない。今日もさっきまで二人で喫茶店に居たけれど、目的は打ち合わせの為だった。スケジュールの調整や締め切りの確認が主で、甘い雰囲気などは皆無だ。会社にも今日は『吉川千春との打ち合わせの後、直帰』と伝えてある。それが担当作家で恋人でもある吉野と俺との現実だ。
以前の関係に戻る気は毛頭無いけれど、柳瀬のように編集という肩書きを持たない単なる友人同士のままなら、もっと気軽に何処かに行ったり出来るのか。何処に行っても仕事の話ばかりなのは俺も吉野もお互い様だけど、そんな仕様のないことを考える。
……とどのつまりは嫉妬なのだ。俺に出来ないことが出来る柳瀬に、嫉妬している。―――ならば、俺も友人には出来ないことをしてやろうか。

「………ん……っ!?」

アイスをもう一口食べようとしていた吉野の顔を上向かせて、無防備な唇に自らのそれを押し当てる。触れるだけの長いキスをして、くすぐったそうに唇が震えた隙に歯列を割って舌を差し入れると、吉野の肩がぶるりと震えた。
予想通り口腔はアイスクリームの味がして、甘ったるいバニラの匂いがする。まるで甘味でも食べているみたいだ。戸惑っていた舌を絡み合わせると、いつしかバニラの味は完全に溶けて無くなってしまった。時折漏れ出る吐息と、僅かな水音が響く。
名残惜しくも唇を離すと、吉野が体の力を抜き、息を荒くしていた。どうやら少しやりすぎたらしい。
暫くしてやっと呼吸を整えた吉野が、戸惑いがちに咎めた。
「…い、いきなり何すんだよ…」
吉野が手の甲でぐいっと口元を拭う。照れているらしく視線を泳がせていたが、テーブルの上のカップの存在に目を止めて声をあげた。
「ああーーーっ!!お前がヘンなことしてる間に、アイスが溶けたじゃねーか!」
毎度のことながら色気のない台詞にため息を吐きたくなるが、なおさら吉野の機嫌を損ねそうなので堪えておいた。
確かにカップの中身は、外の暖かい気温のせいで半分ほど溶けている。
「……後で新しいの買っておくから。アイスなんていつでも食えるだろ」
「いや、アイスは溶けたら食えないだろうが…それに、キスだっていつでも出来るだろ」
まだ一口しか食べてなかったのに、勿体ない。ぶつぶつと呟きながらカップを覗く吉野は、今自分がどんなことを言ったのかということを、よく分かっていない。
「いつでもしていいんだな?」
「…………へっ?」
大きな目をぱちくりとさせた吉野が、やっと俺の意図するところに気付いて慌てふためく。
「ち、違う!さっきのは言葉のあやで…」
吉野がぶんぶんと振った手が当たり、アイスのカップが倒れた。アイスクリームだったものがどろりとテーブルの上に広がっていくのに比例して、段々と溶けそうな位に赤くなる吉野の顔。どちらを舐めたいかなど、言うまでもない。
べたべたに溶けたアイスが垂れていくのを横目に、バニラと砂糖で少々べとつく唇をまた貪った。


五月一日。
見事なまでの五月晴れの今日はぬくぬくと暖かく、いっそ暑いくらいだった。










『Replica Rose』のカヤノさんが五月一日でサイト開設一周年を迎えられたので、お祝いをしたくて押し付けたものでした。
カヤノさん、一周年おめでとう御座います!
2012.05.01 うこぎ拝
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -