詮索不要 | ナノ

長いまつげが心許なく上下してポロポロと零れ落ちるそれを、俺は好きではない。
昔から、俺が泣くと吉野は慰めようして、吉野が泣けば俺は泣き止ませようとした。吉野は思ったことがすぐに顔に出てしまうたちで、子供の頃は感極まって泣いてしまうことがしばしばだった。悲しいとき、悔しいとき。言葉よりも先に涙が零れ出た。
頬を伝う湿った筋を見る度に、俺はいつも口惜しい気持ちになった。明るくて、いっそ腹が立つ位に脳天気なこいつに、涙なんかは似合わない。だから、こんな顔なんてして欲しくはないのに、どうしてお前はそんなに簡単に泣いてみせるんだ。
―――流石に成人してからはお互い子供のように泣いてしまうことは減ったけれど、それでも生きている限り涙を流したくなる時があるのは誰しものことで。そんな時、涙と鼻水で濡れる吉野の顔は、子供の頃と相変わらずぐしゃぐしゃだった。



嗚咽が随分小さくなった。すっかり濡れそぼった顔を服の袖で拭おうとする吉野に、ティッシュを箱ごと差し出す。一枚取り出して顔を乱雑に拭ってから、二枚目で鼻をかんで、人心地ついた吉野が息を吐いた。
「落ち着いたか?」
「………あー、うん」
目も鼻の頭も赤いけれど、最初よりはマシな顔になった。長いソファの隅で膝を抱えた吉野が、照れくさそうに頬をかく。

今日吉野が泣いた理由は、たまたまテレビで放映されていた映画のせいだった。
いつものように吉野の家を訪ねると、吉野が目を赤くしてテレビにかじりついている。一体何事かと見てみれば、画面の中では恋仲であろう男女が別れを惜しんでいた。これが今生の別れだと悲愴な表情の男とは反対に、女の方は悲しげながらも気丈な笑顔で、張り詰めた緊張感漂うこのシーンはこの物語の最高潮なのだと伺える。
声をかけるのを躊躇われている内にやがてエンドロールになり、吉野はついに堰を切ったように涙を溢れさせた。はらはらと静かに濡れていく頬を見て、声をあげて泣いていた子供の頃よりは随分と静かに泣くようになったものだと、俺は少しだけ驚いた。

「そんなに面白かったのか、さっきの映画?」
タイトルを確認してみると、昨年公開された映画だった。最近人気が出だした若手俳優らが演じるのは、病に伏せった彼女と、それを看取る男。あまりにも王道な悲恋物語は、昨年度のロングヒットであった。
「面白いといえば面白いんだけど、あんまりスカッとする面白さじゃないな。こういう悲しい話って苦手だから、いつもならあんまり見ないんだけどさ」
確かに、吉野が普段好んで見るのはそれこそスカッとするようなアクションものなどが主で、こういういかにも最初から悲しい結末が待っていそうな恋愛映画を見るのは珍しい。吉野が描く漫画も悲恋とは縁遠いハッピーエンドの物語ばかりだし、しんみりとした話は基本的に性に合わないのだと思っていた。
だが、今日は何気なく点けたテレビで冒頭を見て、目が離せなくなってしまったらしい。久しぶりに見た悲しい恋物語は吉野の琴線に触れて、いつの間にか泣いてしまっていた…というのが吉野の談だ。
「んー、最近涙もろくなった気がする。年かなー」
緊張が解けたとばかりに、吉野がソファの上でだらりと体を伸ばす。さっき泣いたカラスは、もうへらりと笑っていた。
「お前は昔から何かある度にギャーギャー泣いていただろ」
「……そうだっけ?」
吉野が忘れていても、俺は忘れるものか。吉野が泣きわめく度に、またかと呆れながらも放っておけなくて、いつも振り回されていた。
「そういや、トリは昔からあんまり泣かないよなあ。最後に泣いたのって、いつ?」
「いつだったかな…」
身を乗り出した吉野と目を合わせないようにしながら、はぐらかした。それは吉野に知られたくない。


俺が最後に泣いたのは、吉野を犯したときのことだ。困惑する吉野を弄り、掻き回し、身勝手な感情を打ちつけた、あの日のこと。
吉野の目から零れ落ちる透明な雫に、むしのいい罪悪感が込み上げた。寸の間動きを止めた俺を、吉野は虚ろな目ながら見つめる。何故か心配そうにも見える表情を不思議に思ったのだが、濡れた瞳の奥に映った自分の顔を見て気が付いた。どうやら俺の方も、余程泣きそうな顔をしているらしい。
昔から、そうだ。吉野が泣けば俺は泣き止ませようとするけれど、俺が泣けば吉野は慰めようとする。子供のときと何ら変わらない、きっと無意識の行動だろう。
俺は昔から吉野が泣くのは好きじゃないし、泣かせるのはもっと好きではない。それなのに、泣かせた。大切にしていたものを、自分で打ち壊したのだ。
自分のしたことの最低さを痛感して益々胸が詰まり、吉野の家を出た時には案の定俺の目からも涙が流れ出た。小さな子供の頃のように、とめどなく溢れては止まらなかった。


……だから、涙は嫌いなんだ。俺にとって涙の理由というものは、大抵は悲しかったり辛かったり、良い記憶に結び付くことは少ない。
なので、すっかり乾いた吉野の頬を見てほっとする。泣いてしまうよりは、いつもみたいに気の抜けた顔でいてくれた方が断然良い。
吉野が不思議そうに首を傾ける。
「どうした、トリ?」
「いや…」
どうやら、物思いにふけりながら、我知らず口元を綻ばせていたらしい。小さな頭に手を置き、ぽんと叩く。
「やっぱりお前は、そうして脳天気にしてる方がいいと思っただけだ」
いきなりの脳天気呼ばわりに「一体何なんだ」と吉野がお冠になるのは、間もなくだった。











相互感謝の気持ちを込めまして、『ももいろうさぎ』の桃様に捧げます。
桃様から「トリチアで、千秋が泣く話」というリクエストを頂いていました。
「千秋が泣く話」と言われて、一番に浮かんだのが三巻のトリの「泣かせるのはベッドの上だけでいい」だったので、どちらの意味で泣かせようか悩んだのですが(笑)、結局健全に泣いて貰いました。千秋は、羽鳥の居ない時には静かに泣くのではないかなと思います。
桃様、改めてこれからも宜しくお願いしますね^^
2012.05.10 うこぎ拝
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -