今日も仕事帰りに俺の家を訪ねてきたトリに「実はかれこれ四日風呂に入っていない」と告げたら、呆れと苛立ちで顔を歪められた。汚いだの臭うだのもう少し人間らしい生活を心がけろだの、至極もっともだが容赦のない罵倒を浴びせられる。 生返事をしていたら、埒があかないと思ったらしい。風呂場まで引きずられ、着ていたTシャツとスウェットを下着ごとはぎ取られて、スーツの上着と靴下を脱いだトリに勢い良くシャワーをかけられた。 文句を言おうと口を開きかけたけれど、トリの不機嫌そうな睨みに押し黙る。異論を聞き入れてくれる気はないらしい。俺の後ろに回ってきたトリは、そのまま泡立ったスポンジを押し当てた。 くしゃくしゃと容積を増やす泡に纏われながら、ふと思う。今は食器でも洗っているかのように機械的な動きをしているこの手は、情事の時にはやたら熱っぽく愛撫をしてみせる。けれど、いつも汚いとか散々言う体をよく抱く気になるものだなあ、と。 泡だらけの自分の体に目を落とせば、薄っぺらい胴と頼りない四肢が視界に入る。柔らかくもない男の体は、とても情欲を誘うものには思えないけど。 ぼんやりとそんなことを考えこんでいたら、頭の上でシャンプーを泡立てていた手が止まった。 「吉野、目をとじろ」 言うが早いが、頭のてっぺんからまた勢い良くシャワーがかけられる。くすぐったい泡は全て流れて、ずぶ濡れの貧相な体が浮き彫りになった。 ここまでしてやっと落ち着いたトリが、はあと溜め息を吐く。 「頼むから、風呂とメシくらいはちゃんとしてくれ」 トリの言うことは世間一般的には間違っていない。けれど殆どひきこもりのような漫画家稼業をしている俺には、少々面倒な注文であったりする。 「…っつっても、ずっと家に居るからつい、ごはんも風呂も面倒になって。別にいいじゃん、風呂に入らなくて誰に迷惑をかける訳でもないし」 「俺が不愉快だ」 くっきりと寄った眉根からは、確かにトリが今不機嫌だということがよくよく伺える。中途半端に濡れたシャツもあいまって、良い男がかたなしだ。 俺の濡れそぼった前髪を掻き分けて、溜め息混じりにトリは言う。 「お前が自分をないがしろにし過ぎるから腹が立つんだ」 細められた目には、苛立ちよりも寧ろ心配の気色が浮かんでいて。 長い指の動きは、単なる皿とか無機物を触るそれではない。まるで捨てられた宝物を、また見つけた時みたいな手つきで。 ……そんなトリを見ていたら、何だか今の状況が無性に恥ずかしくなってしまった。 ああ、なんで俺は裸で、トリだけ服を着ているんだ。しかもトリの方には全く照れている気配がないのが余計にいたたまれない。トリはさっきからゆるゆると頭を撫でるのを止めないし。 じわじわと頭に熱が集まって、居ても立ってもいられなくなった。 「も、もう出る!」 「おい、急に立ち上がったら…」 ―――トリの注意も虚しく、俺は濡れた風呂場のタイルに足を滑らせて、頭からひっくり返ったのだった。 2012.04.08 |