高校二年の、春休みももう半ばとなったある日。今度の新人賞に出す漫画のネームに煮詰まった吉野は、ペンケースとルーズリーフを抱えて俺の部屋にやってきた。自分の部屋よりも、俺の部屋の方が余程落ち着くということらしい。 さっきまで自分一人でくつろいでいた部屋に現れた闖入者に眉をひそめたものの、内心では嬉しい気持ちの方が勝っていた。告げられない恋の相手は、こうして俺の傍を選んでは嬉しそうにしてみせる。今のような時に感じる優越感は、報われない恋に消耗していた俺の心を少しだけ癒した。 静かにしていろよとお定まりの文句をつけてから、読みかけの本に集中しようとした、その時。 「あのさ、トリ。ちょっと聞いてみて欲しいことがあるんだ」 さっきまでルーズリーフに向かってうんうん唸っていた吉野が、急に改まったような声で切り出した。 まっすぐ俺を見据える目はどこか思いつめたように揺れていて、ついドキリとしてしまう。それを悟られては困るので、吉野の言葉の続きを急かした。 「どうした、言ってみろ」 「うん…あのさ、トリ」 「何だ」 「……その、途中で笑うなよ…?」 「笑わないから」 こくりと息をのんだ吉野は暫くためらっている様子だったが、俺がもう一度「ほら」と言うと意を決したようにきっと俺を見据えた。 「俺、お前のこと好きなんだ」 「はっ?」 頭の中がまるで殴られたかのように真っ白になった。 ………ちょっと待て、今、こいつは何て言った? 呆然としているせいで無反応の俺をそわそわと伺い見ながら吉野が語る。 「最初はさ、こんなのおかしいと思ったんだ。俺が……その、お前のこと、恋愛対象で好きになるなんて。だって幼なじみだし、そういう風に意識したこと無かったし。 でも、いつからかお前が他の誰かと居るとモヤモヤしたり、他の子と話してるのを見てムカムカしたり。これって…いわゆる嫉妬なのか?と思ったら………つまり、そうなのかなって」 ぽかんと口を開いたまま固まった俺は、照れながら唇をもごもごとさせている吉野を他人事のように眺めていた。 「……なあ、やっぱり、おかしいのかな?俺の言ってること」 大きな目が自信なさげにまた揺れる。……俺はこいつのこういう顔に滅法弱い。昔からそう、そして恋を自覚してからはなおのこと。 「………おかしくは、ない」 やっとのことでそれだけ紡ぐと、吉野がパッと顔を明るくした。 「そっか!」 さっきまでの思い詰めた様子はどこへやら、まさに晴れ晴れといった表情だ。その笑顔に胸が高鳴った。 俺からも伝えなくては。俺もお前のことが好きだと。俺もお前にそれを伝えたくて、でもお前に嫌われるのが怖くて言えなかったんだと。 だけど、本当に夢のようなことだけど、お前も同じ気持ちならば。俺も晴れやかな気持ちでお前に好きだと言える。こんなに嬉しいことはない。 そう、口を開こうとした…のだが。 「じゃあ、今度の原稿の告白のくだりは、こんな感じで行こう!」 「は…っ?」 吉野の明るい声に遮られて、またもぽかんと口を開けさせられた。 「今度は今まで書いたことない感じで、幼なじみの女の子と男の子にしようと思ってたんだけど、その告白の台詞にずっと悩んでて。頭の中で考えてるだけじゃ煮詰まるし、ちょっと声に出してみたんだけど………聞いてる、トリ?」 「……………おい、吉野。いきなり冗談みたいなことを言い出すから、何事かと思ったぞ」 「あはは、ごめんごめん。俺がお前のこといきなり好きとか言っても、気持ち悪いだけだよな。でもこういうこと言えるの、トリくらいだしさ」 にっこりと笑う吉野の顔にはどこにも曇りがない。 「でも、お前が『おかしくない』って言ってくれて安心した。おかしくないよな?幼なじみに告白して、恋人になるっていう展開も」 ……………そう、おかしくはない。おかしくはないのに、例えば俺がお前を好きになっても。 なのにムスリと黙り込んだ俺にオロオロとする吉野は、俺が吉野を好きだということは露程も気付いていない。そのことが余計に腹立たしくて、自分の顔がどんどん険しくなるのが分かった。 きしくも今日は四月一日。冗談を真に受けた自分が余計に滑稽に思える苦々しい日であった。 2012.04.01 |