もしものいつか | ナノ
※トリチアで未来の妄想のお話です。色々と構造しています。
※DVD特典漫画のネタバレ要素が含まれています。



一緒に住もうか。
そんな話をしてから、早数年。古民家の資料を取り寄せては眺めて、お互いの仕事との折り合いのつく立地を探して。すったもんだの末にやっと同棲へとこぎつけたのは、二カ月前のことだった。

都心部から電車圏内という有難い場所に位置するこの家は、一目見た時から気に入っていた物件だ。しっくりと馴染む手触りの柱。襖を開ければすうっと見渡せる部屋一面。以前の持ち主であった老夫婦が特に気に入っていたという庭にはソメイヨシノが咲いていて、『満開の桜の下で漫画が読みたい』という俺の要望も叶えられる。老夫婦に大切に使われていた家なので改修はほぼ必要なく、すぐに住めることとなった。
けれど二か月も経つのに、まだトリと同棲を始めたという実感がなかなか湧かないのはどうしてだろう。
同棲らしいことだって、一応してるのに。ご飯を作って貰って、夜は隣で眠って、朝になったら行ってらっしゃいと見送って………って、ああ、これでは同棲前と大差ないからか。以前の通い同棲が本格的な同居に変わっただけで、ライフスタイルが変わった訳ではない。
毎日せっせと会社に通うサラリーマンのトリとは違い、漫画家である俺は四六時中家に居るものだから、もう新しい住処にもすっかり慣れた。この家のどの場所が日当たりが良くて昼寝をするのに気持ち良いとか、概ね把握してる。
特に、広々とした居間は絶好の昼寝ポイントだ。ここに移り住む時に張り替えた畳からは藺草の匂いがして、それを嗅げばいつもついウトウトしてしまう。
今日も今日とて居間に寝そべりながらぼんやりとしていたのだが、廊下の方から床が微かに軋む音がするのに気付いた。
ああ、もうそんな時間なのか。ちょっと昼寝をするつもりだったのに、いつの間にか日も傾いているし…随分と長い時間惰眠を貪ってしまった。
ギシギシと、音が近付く。
暫くすると襖の開く気配がして、俺の視界の端に現れたのは見慣れたスラックスと靴下だ。

「……トリ、お帰りー」
「ただいま。……千秋、畳が気持ち良いのは分かるが、毎日毎日そうしてゴロゴロしているのはどうなんだ……。
ああ、ところでネームは進んだか?」
「………ネームは………あー、えーっと…少し進んだかな?」

ネクタイを緩めながら小言を言うのは、トリこと羽鳥芳雪。生まれた時から傍にいる幼なじみで、担当編集で、現在の俺の同棲相手で、恋人でもある。

「…少しとは、どのくらいなんだ?」
「………えっと、三コマくらい?」
ぴくりと眉根を寄せたトリが、俺の傍まで歩み寄って睨みを落としてきた。下から見上げるトリの顔は、整った顔立ちということもあいまって結構怖い。
「今日の昼間の内にネームを仕上げてみせる、と豪語していたのは誰だ」
「う…っ。だってしょうがないじゃん、途中で煮詰まっちゃったんだから。
…ったく、二言目には『ネームは?原稿は?』なんだから…」
「俺だって出来れば言いたくはないが、お前が毎度毎度ギリギリ進行だから言わざるをえないんだろ」
「でもさ、ただでさえ逐一行動を把握されてるんだから、ちょっとくらい気を抜かせてくれてもいいだろ」

同棲を始めてからの俺のデメリットは、トリに原稿の進捗状況を常に把握されていることである。
すぐにダラダラとしてしまう自分をよく分かっているから、トリが俺のスケジュールを管理してくれるのは有り難いけれど、作業が押し迫っている時は息抜きを全く許してくれないのには少し困る。トリと一緒に住み始める前は、俺は原稿が進まなくなると本屋やカフェによく気分転換という名目の逃亡をしていたのに、それもいつも玄関先でトリに見咎められて叶わなくなった。首根っこを掴まれ机の前に座らされ、作業が進むまで立ち上がらせてくれない。
確かに息抜きをしている場合ではないのだけれど、ずっと机にかじりついているのも気詰まりだし、ちょっとくらいはいいじゃないか。
―――――ああ、そう言えば他にも不満はあるんだ。

「せっかく一緒に住めることになったのに、最近恋人らしいこともあんまりしてないしさ」

だからトリと同棲しているという実感もなかなか湧かないのだ。
一緒に住む前の方が、会えないなりに時間を作って一緒に居た気もする。
子供っぽく口を尖らせて不満を言ったら、じっと俺を見つめてくるトリに気付いた。何故か嬉しそうに細められた目線に絡め取られて、自分の顔がじわりと熱くなるのがわかる。

(……あれ、そう言えば俺、さっき何か変なことを言ってしまったような……?)

「な、なんだよ、トリ…?」
「―――いや…。悪かった、お前がそう思っていることに気付かなくて」
「う、うん…」
「担当である以上、原稿の進捗状況にはどうしても口を挟まなくちゃいけない。だが、出来るだけしつこく言い過ぎないように気を付ける」
「わ、わかってくれたんならいいよ」
「それと、」
「わ…っ?ちょ、トリ!」

起こしていた上体を、再び畳に沈められる。
上に乗るトリの胸板の厚さも、絡まった足も、どれもこれも久しぶりだ。
間近に感じるトリの体温に胸がきゅうっと締め付けられる。この感覚も御無沙汰していた。ぼんやりとしていたら、視界にはトリの顔が一杯になる。すぐに落とされたキスでは、まるで食むみたいにトリの唇が動いてくすぐったかった。

トリと一緒に住みたかった理由。
それは、単純にもっと一緒に居られたら嬉しいと思ったから。
会いたい時にはメールや電話をして呼びつけて、そうしたらトリは忙しいながらもちゃんと来てくれる。
でも、それだけじゃ足りない。もっと、もっと。欲というものは際限なく溢れて止まらない。
だから、一緒に住んでいても、トリが俺のことを構わなければ意味がないんだから。

ああ、でも。これからはここで、こうしてトリとずっと一緒に居られるのかなあ。




「……ん……っ」

息苦しさに目を開けば、目と鼻の先にあるトリの顔。閉じたまぶたと、意外に長いまつげが映った。
「ん―――っ!?」
急にもがきだした俺に気付いたトリが、不承不承といった様子でやっと顔を離す。
トリの後ろには、見慣れた真新しい天井が広がっていた。ああ、ここは古民家ではない。俺の家の居間だ。
「おそよう」
「ぷはっ、……な、なんで、お前ここにいるんだ…!?」
「お前が呼びつけたんだろうが」
…そう言えばそうだった。昼寝をする前に自分の腹がきゅうと悲鳴をあげたので、『腹減ったからご飯作りに来て』というメールをトリに送ったのだ。
「そ、それはわかったけど、なんでその………キスする必要があったわけ」
「人を呼びつけておきながら、気持ち良さそうに寝ているものだから、腹が立って」
先程の名残で濡れた自分の唇を舐めて、トリが言う。俺も慌てて起き上がり、口をゴシゴシと拭った。
すると、さっきまで枕にしていた古民家の資料と住宅情報誌が目に入ったので、急いで後ろ手に隠す。

(……き、気付かれてないよな……?)

酔ったトリが俺と一緒に住むと言ったのは、もう一カ月も前のことだ。その間、トリはその話題を一度も口に出さなかった。
酔った上での発言だったので覚えていないのかもしれないし、もしかしてトリのことだから全ての手はずが整うまでは俺に黙っているのかもしれない。
どちらにしろ、俺が古民家の資料を集めていることはまだトリには秘密だ。だって、俺ばかりが浮かれて喜んでいるみたいで、面白くないじゃないか。トリからはまだ何も言ってくれていないのだし。
「そうだ、吉野。さっきから気になっていたんだが」
「…え…っ!?な、何だよ…っ」
ひょっとして今背に隠している住宅情報誌のことか。まだ見られるのは困るんだけど。
「寝癖がついてる」
くすりと笑って頭を撫でてきたトリに気付かれなくて安堵したのも束の間、また顔が熱くなる。ああもう、なんだって俺がこんな些細なことで照れなくちゃいけないんだ。それもこれもトリのせいだ、と心中で悪態をつく。

とにかく、こんなに火照ってしまった顔も、後ろに隠した古民家の資料も、どちらも見られては困る。
様子のおかしい俺を訝しげに見るトリを余所に、俺はひたすらにトリに気付かれませんようにと願ったのだった。











さくら様からのリクエスト「トリチアで未来設定。数年後のほのぼのしたトリチアの日常(トリチア同棲済みで)」でした。
二人が同棲を始めたらどんな感じなのかな…と楽しく悩みながら書いていました。
原作で古民家に住まうことになった二人が見れるのを、楽しみにいつまでも待っています…!
リクエスト有難う御座いました!
2012.03.14
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